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琉球新報 落ち穂「役に生きたね」#8

「文化芸術は、人々の創造性をはぐくみ、その表現力を高めるとともに、心のつながりや相互に理解し合い、尊重し合う土壌を提供する。そして、多様性を受け入れることのできる心豊かな社会を形成し、世界の平和に寄与する。」文化芸術基本法の前文だ

 読めば読むほど、この数行に感心する。文化芸術が単なる娯楽にとどまらず、人と人の交流を深め心豊かな社会をつくるというのだ。他者を理解する、おもいやるなんてことは、考えてみれば当たり前のことだが生きていればそれが難しいときだってある。

 ある時、舞台を終えた私に先輩役者がくれた「役に生きたね」という言葉がずっと忘れられない。

 私たち役者は当たり前にセリフという名の言葉が用意され、筋書き通りに舞台上で動き回る。もちろん、登場人物の心境を理解することに努めるわけだが、数行のセリフや作品の展開のみでは分かりきれないため、想像力が求められる。役を“演じる”と役を“生きる”では心境の積み上げ方が変わる。それらはただ見ているだけでは、気づかない程に繊細で感じ取ろうとしなければ、見えてこないものだ。

 積み上げ力は、ある意味、おもいやり力だ。そんなチカラを持った役者たちの演技にはいつも心動かされる。そして、そんな役者たちは舞台にとどまらず、現実を生きる日々さえも私たちを魅了する。あらゆる立場、状況におかれた登場人物をおもいやれる役者たちの心は、あたたかだった。人格の向上なくして技の向上はなし、と言われるが、私もそうありたい。

 私と伝統の出会いは遅い。しかし、だからこそ人生にこの伝統がない日々とある日々の違いがわかる。伝統に触れていると自分の心もずっとあたたかくいられる。ある意味、他者の誰のためでもなく、自分のためにやっている。だからこそどんな苦労や試練があろうとやめられない。稽古も、舞台も、それ以外この伝統芸能をとりまくすべての時間が私は好きだ。
戦や争いの愚かさを知っているこの島は今日もあたたかい。何もかもがあたたかでいられるこの島の伝統を考えることは平和について考えることだ。



琉球新報 落ち穂 髙井賢太郎「役に生きたね」 より



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