見出し画像

大都会の片隅の愛すべき愚行録

用事があり一人でサンフランシスコに行った。ちょっと時間も取れたので、用事を済ませた後バスや徒歩で久しぶりにあちこちの見所を回ってみることにした。

霧がかかり寒い日

私が住む街よりずっと都会だから歩いているだけでも気持ちが昂る。お洒落な雰囲気のレストランやカフェ、所々の壁に描かれたアート、ビクトリア朝の素敵な家々。坂の上から見る素敵な眺め。自分らしさ全開のファッションで歩く人たちもいい。誰がどんな格好をしていようが誰も気に留めない自由さがある。

ビクトリア朝の家々が眺められるアラモパークは観光名所の一つ

しかし路上生活者の多さにはいつも戸惑う。危険な区域には足を踏み入れていないが、その他の場所でさえもフェンタニルという強力な麻薬性鎮痛剤にやられたのか前屈みでふらつく人たちを数時間の滞在中に6〜7人見た。独り言で大騒ぎしている人たち、下半身をほぼ出してぼんやりしている人たち、放尿している人も見てしまった。その同じ通りで株価について話しながら歩くスマートな外見の若者たちや、ふわふわな毛並みの良い犬を抱いて歩く美しい女性たちも見るのだ。こういった場所では人は人、自分は自分と割り切らないと暮らしていけないだろう。

カラフルなゴミ箱。サンフランシスコの街中アートは見ていて楽しい

バスに乗ると車内で結構な音量でスマホの動画を見ている乗客がいて、女性運転手が軽く注意をしたが効果なし。怒った運転手は信号もない場所でバスを停め、運転席から立ち上がってその乗客に怒鳴った。「その音、運転席のわたしに聴こえるってことはアンタの周りの乗客は大迷惑してるのよ!わかんないの?!」。その乗客はやっとスマホの音を消した。

路線によってはかなり空いているバス

乗り継いだ別のバスでは、混み合うバス停で、降りる人たちを待たずに乗ってくる人たちが多く、運転手(こちらも女性運転手)はそんな人たちにマイクで怒鳴った。「降りたい人がみんな降りてから乗れって言ってんのに!そんなことも出来ないならあたしのバスに乗るんじゃないよ!」。どちらの運転手さんも正しい事を言っているのである。降りる客からは拍手が上がった。しかしとにかく言い方が怖いので、絶対に怒られたくない私は粗相の無いよう終始行儀良くする。模範的乗客として振る舞いながら、ここではバスの運転手もタフじゃなきゃやっていられないなと、つくづく思った。

同じ州でも都心部と周辺の小都市は雰囲気がまるで違う。私の住む街は静かで平和で、悪く言えば退屈。半年ぶりのサンフランシスコは薬物中毒者、ホームレスの多さを除けばやはりとても魅力的な街。楽しい時間を過ごしたが、気が張っていたのだろう。家に帰ったらそれはそれでホッとした。

今日の本はそんなアメリカの都会が舞台。ポール・オースター作の「ブルックリン・フォリーズ」というこの本の舞台はサンフランシスコから東に4000キロ以上離れたニューヨークのブルックリン。私はいまだニューヨークに行った事が無いが、サンフランシスコ以上に、タフじゃなければバスの運転手が務まらないような場所だろうと想像する。

ブルックリンフォリーズ

余生を静かに1人で終えようとニューヨークのブルックリンに戻ってきた元保険セールスマンの主人公ネイサンが、長年会っていなかった甥のトムに偶然会った事をきっかけに、残りの人生が思いがけない方向に向かっていく。

寂しい白黒のイメージだったネイサンの生活が、トムを始め、古書店主のハリー、そこで働くティーナことルーファスなど周囲の人たちとの交流を通じてどんどんカラフルになっていく過程は読んでいて嬉しくなる。

ルーファスがドラァグ・クイーンのティーナとして店主ハリーのお葬式で見せるパフォーマンスは胸にドカンと来る。この場面は本当にすごい。私はいつかこの本のあらすじを忘れたとしても、ティーナのパフォーマンスシーンは忘れないと思う。

それは堂々たる、かつ馬鹿げた、笑える、かつ胸のはり裂ける、感動的かつコミカルなパフォーマンスだった。それはそうしたものすべてであり、そうしたものでないものすべてだった。

329ページより
作者ポールオースター

サンフランシスコやニューヨーク、それに東京のような都会は多くの人々が暮らしているから、ついつい集団としてカテゴライズしてしまいがちだけれど、そこにいる一人一人が過去を持ち、夢を持ち、自分らしく生きようと頑張っているんだよなぁ。そして周囲の人と関わることでネイサンの人生が明るくなっていったように、やっぱり人間って人から必要とされるとグンと元気になるんですよね。という事は、自分も周りの人たちに、あなたの存在が大事ですよ、あなたが必要ですよというメッセージを送りたい。

ブルックリン・フォリーズのフォリーズとは「愚行」。つまり「ブルックリン愚行録」という題名だけど、私たちの愚行は時にユーモラスで、場合によっては善行のエッセンス入りのこともあると思う。だからこれは大都会の人間味ある人たちの善行録でもあると思った。


いいなと思ったら応援しよう!