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生成AIは、ひとを横柄にする
論文読解は面白いです。とりわけ今は ChatGPT をこれでもかと問い詰めながら、論文中の数式の厳格な解釈や、ちょっとしたフレーズの真意の把握に努めているので、自分の性格が少々性格わる~な性格になってきている気が少ししないでもないです。
この生成AIと議論していていつも思うのは、アップルとかのヘルプセンター係員とチャットでやり取りしてるときの、あのへりくだった対応をうまくAIに落とし込んでるなーってことです。なかなか課題が解決しなくてこちらが苛立っていくなか、何か入力すると「情報ありがとうございます」と返してきます。こちらの肩の荷の一部が、相手に移った気になって、少し肩が軽くなる感覚。
その一方で私のなかの横柄な性格がだんだん表に出てくるのが面白いですね。会社の偉いひと(♂)が「おい、これはどういうことだ」と若い社員を呼びつけて「おれがわかるようにせつめいしろ」「さっきということがちがうではないか」と癇癪をおとしまくる、そういう情景が脳裏に浮かぶ。
違うのは、そういう横柄さのなかからふっと聡明さがきらめくことです。「もしかしてこれってこういうことじゃないのか?」と新解釈が閃いて問いただすと「ああそれです!」と反応される、このパターンが多いのです。
そうやってひとつひとつ課題をこなしていく感じ。
ひとつ謎が解ける(解けた気になる)と、それまで謎とは感じなかったことがらが急に謎に思えて、再びの「おいこれはどういうことだ?」攻撃を生成AIに私は仕掛けてきて、新たな膠着状態が始まる…このループを何度も何度もループ。
将棋や囲碁で食べている、いわゆる棋士の方々も、こうやって毎日対局ソフト相手に「おいこれはどういうことだ?」しているんでしょうか。きっとそうなんでしょうね、苦笑いです。
私の中にはどんなときも、意地の悪い面接官トリオと、頭の悪い院生からのおかしな質問と、そこに割り込んでもっともらしいことをくっちゃべるぷろふぇっさーがいて、私が何か語るたびに(ひどいときは語っているのを遮って)問い詰めてきます。
三次元360度で矢が飛んでくる感じといえば、感じはつたわるでしょうか。論文解読をしていると、そのときはうまく理解できたと思ったところにすかさず新たな矢が飛んでくる。それに苛立って生成AIに「おいこれはどういうことだ」と当たり散らして、激論がずーっと続いて、やがて私が何か思いついて決着がついたと思うと、そこからまた新たな疑問が浮上して、それが矢となって私に飛んでくるので、苛立つ私は生成AIに[以下リフレイン]
私の心に長年巣食う、意地悪面接官トリオ、AHO院生、能無し教授らが、少しでも隙を見せると私のなかに割り込んでくるので、いつも気を張っています。PTSDとの闘いというとことでしょうか。ChatGPT の高度な使い方を深めるにつれて、それが私の中で前より激しくなっているのを感じます。
ほんの一か月前に行った、ディラック論文の解読シリーズを今の私が目を通すと、鬼のように「おいこれはどういうことだ?」攻撃を仕掛けている自分に気づいて震撼してしまいます。眼高手低ということばがありますが、生成AIとの議論によって眼力が今まで以上に上がっていて、容赦がなくなっていくのです。
昨日夕にアップしたこれについてもそう⇩
三日かかってなんとか一貫したものにできた…とほっとしていたところに、アップ後にふと閃くものがあって疑問点を生成AIと議論していくにつれて、私があるとても基本的なところを変な風に理解していたことに気づいてしまいますた。
それからごく初歩的な質問に、うまく答えられないことに。
たとえば「位置エネルギーはポテンシャルエネルギーやないんですかあ」な質問。ふとこの疑問がわいたので ChaGPT を問い詰めたのですが、どうねばっても満足のいく回答をしてくれないので、例の「もしかして~ってことか?」と問いかけると「そうそれです」回答がきて、ようやく打開に向かうというパターン。
私のなかのAHO生徒たちのために、そういう超基本的なことをいちいち確認していかないと不安になる。
ああマックス・ボルンどの、あなたのキレッキレな前衛論文のせいで、およそ百年のちの世を生きている私が、連日神経過敏に悩まされておりますのことよっ!
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