元・神童、アマデウス坂本の「戦メリ」作曲を解明す
↑ 「戦メリ」サウンドトラック作りには、プロフェット5という機材が使われました。上の動画にあるのは5ではなく6です。何十年か後に5とほぼ同じ性能と機能を再現したブツです。
ああたぶん彼は音響スタジオにこもってこういう風につまみひねって音色作りに時間を費やしたのだろうなって動画です。
ピアノ曲の印象が強いこの曲、もともとは映画音楽、それも当時の前衛マシンを使っての前衛音楽です。
和声進行で見ると、ふつうなんですよね。
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イントロ Ⅳ→Ⅴ7→Ⅲⅿ→Ⅵⅿ
メインテーマ Ⅳ→Ⅴ7→Ⅵm→Ⅲⅿ
間奏部 Ⅱⅿ→Ⅵⅿ→Ⅱⅿ→Ⅵⅿ(完全4度上の調)
メインテーマ Ⅳ→Ⅴ7→Ⅵm→Ⅲⅿ
ジャジャジャジャ Ⅳ→Ⅴ7→Ⅵm→Ⅲⅿ
メインテーマ Ⅳ→Ⅴ7→Ⅵm→Ⅲⅿ
フェードアウト Ⅳ のオクターヴユニゾン
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3から4に移る(つまりメインテーマに戻る)にあたってマイナースケール用ドミナント和音を使った、面白い裏技転調をしているのと、6でダブルドミナント和音をサブドミの代わりに繰り出して、そして一瞬トニック和音を通過する「タッチ・アンド・ゴー」なことをしているのを除けば、ほかは上の和声進行に沿った作りです。
(和声のほうの調と、旋律の調が一致しないように作られていることは、これまでしつこく強調したとおりです。今回は詳細省略)
当時の作曲スケッチから
「朝起きてピアノに向かったら、そこにもう楽譜があった」みたいなことをずっと後になって語っています。
実際、当時の作曲スケッチを見ると…
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あの旋律部分とその和音が、ちゃちゃっと書き込まれています。しかし、三つ目の小節をよーく見ると、今の私たちが知っているのとは少し違う。
♪ レミレドラ~
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このスケッチの続きを追っていくと、例の間奏部が現れます。(上のローマ数字による和声進行表における③)
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♪ レミレドラ~ で終わる旋律が二回繰り返されて、間奏部(青の部分)にバトンがわたる… 弾いてみるとわかるのですが、完成版に比べると流れが良くないのです。
作曲者もそう思ったのか、その後のスケッチでは旋律の一周目では締めが ♪レミレラド~、二周目で ♪ レミレドラ~ になるよう整えられています。
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要するに今の私たちが知っている、あの旋律です。
それに ♪ド、シソミ~ もこのとき現れています。最初のスケッチでは「B♭」のコードネームがぽつんとあるのみでした。このスケッチその2で旋律が付いたようですね。
「朝起きてピアノに向かったらそこにもう曲があった」(私のうろ覚えによる彼の発言引用)というのは、少々話を盛っていますね。実際は試行錯誤もしているわけだから。
メモのなかに全曲がある
これがスケッチその3。ひととおりできあがりです。
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同曲のほかのスケッチは、確認できませんでした。ちなみにこれらの画像は『坂本龍一の音楽』(山下邦彦/東京書籍)からの転載です。
ここから先は、おそらくスタジオでプロフェット5のつまみをいじりながら、上のスケッチを除けば何も参照しないで、曲に仕上げていったものと思われます。
映画音楽は、スタジオで録音するにあたって譜面をびしっと用意するものなのですが、彼は「戦メリ」でそういうことはしないで、シンセ機材をパレットにして絵の具ならぬ音色作りに時間を費やした、その様が目に浮かびます。
後にピアノ演奏版を、本の付録としてカセットテープで売り出すという企画があって、それでやはり何も見ないでピアノでいきなり弾き出してそれをそのまま録音させて、録音をもとに自ら採譜していって、それでようやくあのサウンドトラックが(ピアノ用とはいえ)譜面化されたことになります。
面白いですねオリジンと呼べるものがないまま譜面が、作曲者そのひとによって後で用意されたわけだから。
私の思い出
個人的な思い出話をします。NHK-FMで、クリスマスだったかほかの日だったか、彼の「ラストエンペラー」のピアノ演奏を、たしか生中継で放送されたのを聴いて、ことばにならないほど鼓膜も体も魂も震えました。
録音したものを何度も何度も聴き返したし。
サウンドトラックのCDはすでに持っていたので、それ収録のテーマ曲は耳になじんでいました。しかしピアノで聴くと、オーケストラと同じ音が、ピアノでも出せるのか、圧倒感の代わりに引き込まれ感がこんなにあるのかと、心底震えました。
「シェルタリング・スカイ」「嵐が丘」のサウンドトラックCD(日本盤)には、ボーナストラックとしてテーマ曲のピアノ演奏版が収録されていました。それもやはり何度も何度も聴いては身震いしまくり。
ピアノで一曲に仕上げて、それをオーケストレーションしているんだろうな…と思いました。
しかし、どうも違うようですね。彼はそういう風には映画音楽を作っていないのです。