アインシュタインの論文(1916年)を読んでみよう(最終回)
その1で前半戦を終えて、その2より後半戦ですわ。
論文後半に、こんな項式がでてきます。
$${A_m^nN_m}$$
状態 $${Z_m}$$ から状態 $${Z_n}$$ に変わる時、光量子(アルくんは論文中で「分子」と呼んでいますが)が $${N_m}$$ 個放たれるぞと述べている項式です。
($${A_m^n}$$ は状態 $${Zm}$$ と $${Zn}$$ の組み合わせに伴う定数)
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ここにさらに、こんな二人組が出てきます。
$${B_n^mN_nρ}$$ $${B_m^nN_mρ}$$
ここに内包されている $${ρ}$$ は、電磁気学に基づくものです。放射密度です。特定の周波数での放射エネルギーの密度を指しています。
光量子が状態 $${Z_m}$$ と $${Z_n}$$ の両方に作用するとき、遷移 $${Z_m → Z_n}$$ と $${Z_n → Z_m}$$ の両方が生ずると考えられるから…
$${A_m^n N_m + B_m^n N_m \rho = B_n^mN_n \rho}$$
こんな等式ができるであろう、とアルくんは語ります。「統計的平衡の条件であるぞ」と。
ここで前回ちらっと出てきた、この式を思い出してください。
$${W_n = p_n e^{-\frac{\epsilon_n}{kT}}}$$
状態 $${Z_n}$$ にある分子の相対数を表している式です。導出の仕方をアルは省いていますが、ボルツマン分布を使った正当なものです。
いいですか相対数です、絶対数ではなくて。
相対数であるから、この式を使って…
$${N_n/N_m = p_n/p_me^{(ϵ _m-ϵ _n)/kT}}$$
…なんてのを作って、それを先ほどの $${A_m^nN_m + B_m^nN_m \rho = B_n^mN_n \rho}$$ に放り込むと、どうなるか?
じゃーん!
$${A_m^np_m = \rho \left( B_n^mp_n e^{\frac{\epsilon_m - \epsilon_n}{kT}} - B_m^np_m \right)}$$
$${ρ}$$ が再びの登場です。特定の周波数での放射エネルギーの密度です。
この式においては遷移 $${Z_m → Z_n}$$ で放出され $${Z_n → Z_m}$$ で吸収される電磁波の放射密度です。
(この電磁波というか放射についてアルくんは論文中で「分子」と呼んでいて、つまり光量子と解釈しているわけですが)
放射密度 $${ρ}$$ は温度 $${T}$$ を因子に含んでいます。
ということは $${T}$$ が無限に大きくなるとしたら $${ρ}$$ も無限に大きくなる…と想像して、こんな等式が出きます。
$${B_n^mp_n = B_m^np_m}$$
もうひとつ、こんな工夫をしましょう。状態 $${Z_m}$$ から $${Z_n}$$ に遷移するとき、光量子が放射される確率が $${B_m^n}$$ で吸収される確率が $${A_m^n}$$ と彼は考えているわけだから、このB係数とA係数には一定の比率があるとして…
$${\frac{B_{mn} p_m}{A_{mn}} = \alpha_{mn}}$$
と置いたならば、放射密度 $${ρ}$$ について、こんな等式が現れます。
$${\rho = \frac{\alpha_{mn}}{e^{\frac{\epsilon_m - \epsilon_n}{kT}} - 1}}$$
これ、何かに似てると思いませんか。
プランク分布の式ですよっ!
$${\rho = \frac{h \nu^3}{c^3} \cdot \frac{1}{e^{\frac{h \nu}{k T}} - 1}}$$
アルベルトくんが目指したのは、プランク教授による「振動子」の概念を蹴散らして、彼の息子「光量子」こそがプランク分布を保証するプリンスであると物理学界で受け入れてもらうことでした。
そのために本論文で彼は、ボーアによる原子模型説を、光量子による現象と解釈し、そこから立式していって、プランク分布の式を導出するという、アクロバットを果たしたのでした。
そのアクロバットの工程で、いくつか穴が残りました。
たとえば $${α_{mn}}$$ の存在。彼が導出してみせた、なんちゃってプランク分布式にはこれが挟まっていますが、モノホンのプランク分布式にはこんなのはないわけですよ。
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そこを気にしてか、アルくんは違うひとの分布式(変位則のほうがいいかな)を取り上げて「これでいいのだ」と述べます。
ウィーンの変位則といって、プランク変位則よりひと時代前のものです。後者は電磁波の振動数 $${ν}$$ と温度 $${T}$$ の二つを因数にしているのに対し、前者は振動数 $${ν}$$ のみを因数にしています。
これでも精度は十分に高いものだったのですが、それでも観測データとの不一致はあって、それをプランクは気に入らなくて、後に膨大な計算の末に温度 $${T}$$ も因子に含めたものを開発しました。それがプランク変位則です。
アルくん、自分の光量子説によってこのプランク変位則は説明できると考え、肉迫しましたが、$${α_{mn}}$$ という係数を消せないでいました。
しかし、この係数は温度 $${T}$$ を因数に含まないのだから(前回取り上げた $${W_n = p_n e^{-\frac{\epsilon_n}{kT}}}$$ の式と見比べればわかる)、同じく温度 $${T}$$ を因数に含まないウィーン変位則に準じて考えてもなんら問題なかろうということで…
「$${α_{mn}}$$ は振動数 $${ν}$$ の三乗に比例するし、$${ϵ_{mn}}$$ は $${ν}$$ の一乗に比例する」と彼は言います。
(ちなみにウィーン変位則は $${ρ=ν^3f(ν/T)}$$ と書き表せるので、アルくんの主張はまっとうなものといえます)
この $${\epsilon_m - \epsilon_n = h\nu}$$ という式が成り立つね、と。
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ここまでの彼の議論を追ってみて「おおすげー」と思われる方は、あまりいないと思います。私も追ってみて、必要十分条件を満たしていないと思わざるをえない箇所があるのを感じました。
先ほど紹介した $${\frac{B_{mn} p_m}{A_{mn}} = \alpha_{mn}}$$ とかね。
これを置けばなるほどプランクの式まで迫れるとはいえ、よーく考えたらこの式を正当化するには…
$${B_n^m = B_m^n}$$
これが示されなければいけないのですよ。
そうした弱点についてはアルくんも否定していなくて、しかし自信のほども綴っています。
「仮定の単純さ、分析が容易に行える一般性、そしてプランクの線形振動子(古典電気力学と古典力学の両方における極限の場合にあたる)との自然な関連性は、これらが将来の理論的表現の基本的特徴である可能性が高いことを示唆している」と。
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実はこの後もう一節ぶんで、アルくんは「光化学的等価の法則」というものを論じています。オゾン(O₃)が紫外線を吸収して酸素(O₂)に分解するとかの現象を、光量子の考え方を支持するものとして取り上げている内容です。
(オゾンの実例は論文中にはなくて私が説明用に補ったものです)
これについてはいずれ別の機会に触れてみます。