今もまだ、膝の上の温もりを覚えている。
膝の上で、生き物の温もりを感じる。
ずっと、この時間が続けばいいのに。そう思っていた。
ここから先は生々しい描写があります。苦手な方はブラウザバックをお願いいたします。
また、純猥談に投稿した作品をリライトして記載しています。ご了承くださいませ。(ちなみにボツ)
暇つぶしアプリで出会った男の子にレイプまがいなことをされたわたしは、とうとう、このアプリを辞めようと思っていた。
当然、そのアプリはヤリモクの子が多いことは知っていた。わたし自身、する目的で会うこともあった。身体を求められている時だけは、わたしの存在を認めてもらえるような気がしていたから。
けれど、彼は違うと思っていた。電話で話した感じも、リアル・ネット問わずみんなに慕われている姿も、ありのままだと錯覚していた。
実際に会った彼は、ひどく無口で無愛想だった。
形式上で映画を見た後はカラオケルームに押し込まれ、前戯もおざなりに組み敷かれる。
口に押し込まれる彼のものが、苦しくて痛くて、何度も涙が滲んだ。
事が済んだあと、取り繕うように必死に言葉を紡いでも、彼の表情や態度が変わることはなく、彼の心には何も響かないようだった。
優しかった彼は、おびき出すための仮初の姿だということがありありとわかった。
そして、みるみる人混みに紛れ、彼は消えていった。
自宅に帰り、真っ先に風呂に入る。鏡に映る自分の姿に、あざ笑った。
ばかじゃないの。何キスマークつけてんだか。
最初の彼のように、一度抱いただけの女にキスマークをつける意味が、わたしには一生わからないままだった。
件の日ことをつぶやきながら、流れるタイムラインを呆然と眺めていた。次の拠り所を探すのが、日課となってしまっていた。薄暗い部屋に、画面の光が顔に眩しく反射する。
すると、わたしの自嘲的なつぶやきに、ある人が反応を返してきた。最近フォローされた人で、同じ地域に住んでいるからフォロバしたんだっけ。
その流れで、今回の1件を個人チャットでやりとりした。
「だいじょうぶ?」「ひどい男だね」「俺が慰めてあげる」
どこまでも子供で、迷子なわたしは、その言葉の意味を深く考えずに承諾してしまったのだった。
近所のショッピングモールで待ち合わせをし、合流する。
祖父のものだ、という彼の、安っぽい軽自動車で家に向かった。
自宅とは反対方向の、自分の知らない土地。
道中は、わたしの好きなKPOPアイドルの曲を流してくれていた。
行きしなにスーパーに寄る。お昼ごはんを手作りで振る舞ってくれるそうだ。
サンドイッチを作るという彼の後ろに、ちょこちょことついていく。なんだかカップルのようだな、なんて浮かれた思考がふわふわと頭上を舞う。
家に着くなり、いきなりびっくりさせられた。一人暮らしというのに、メゾネットタイプの大きな家。猫が一緒にいるからだろうか。詳しい経済事情やこのあたりの家賃相場はわからなかったが、裕福な暮らしをしているのだと感じた。
2階部分にあがると、物音を察知した猫がこちらにやってくる。警戒や威嚇するわけでもなく、足に身体をこすりつけてくるあたり、人懐っこいこだな、とその背を撫でながら思った。
彼は「適当に座って」と言いながらソファーに座らせる。手際よく、PS4のyoutubeを起動し、またもKPOPアイドルのMVを流し始めた。
なにか手伝うよ、と声をかけると、気にしないでと声が制す。おとなしくお言葉に甘えることにした。
その間、猫はわたしの膝の上を陣取り、静かに呼吸をしていた。暖かな体温と確かな重み、そして鼓動がトクトクと膝の上を伝わり、生きていることを感じさせる。
ささっとサンドイッチを作り終えた彼は、わたしに食べるように促す。横に並んで一緒にサンドイッチを食べていると、なんだか今までの辛かったことが飽和されるような心地がした。
猫が膝に乗っているのを見て、わたしのスキニーが毛だらけになっているのを知った彼は、「コロコロしとくから、これ履いて」と慌てて部屋着を持ってきてくれた。別室に避難した彼を見て、おとなしく履き替える。
それから、彼はソファーの上に座り、その足の間に挟まれるようにソファーの下に座る。まるでおうちデートだな、と一時の錯覚に身を委ねることにした。
安心しきったのもつかの間、いつしか彼の吐息が荒くなっていることに気がつく。後ろから抱きしめられ、その手はわたしの輪郭を撫でていく。
寝室に導かれると、大きなダブルベッドにゆっくりと押し倒された。
様子が変わったのを察した猫が、心配そうに部屋を駆け回る。もう嫌だ、という思考が頭の中を支配し、下半身には硬いものが抜き差しされるのを感じた。気持ちよくなんて、全然なかった。
ぐるぐる、ぐるぐる。すべてがごちゃまぜになった時、彼がようやく果てた。わたしの思考も、完全に冷めきっていた。
「もう帰らなきゃ」
冷たく聞こえないように取り繕って、そうつぶやいた。声は無様に震えていた。
おぼつかない足取りで身支度をし、家を出る。
帰りの車で何を話したのか、どう別れたのかさえ、覚えていない。
ただただ、心が空っぽになっていることだけを理解していた。
それ以来、彼との連絡が途絶えた。
わたしも、そのタイミングで暇つぶしアプリを消した。
そもそも、家についた時点で気が付かなければいけなかったのだ。ベランダに女物のタオルがかかっていたことも、長い髪の毛が落ちていたことも。寝室にダブルベッドが鎮座していたこともすべて、"別の女の人"がこの家にいるということに気が付かなければいけなかったのだ。
悪いことをしたと思った。もし、あの家に女の人と住んでいるのだとしたら、相手の女性に申し訳ないことをしたと。
もう、こんなことは辞めよう。そう思えた瞬間だった。
今でも、あの膝の上の温もりと重みを覚えている。柔らかい毛並みも、初対面のわたしに対しても安心した様子で身を預けていたことも。
悲しそうに階段上から見つめる猫の目が、いつまでもいつまでも記憶の隅に残っていた。
※アイキャッチ画像に素敵なお写真をお借りしています。ありがとうございます。
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