バレンタインはすぐそこに|#7
今日は土曜日。弟は朝早くから友達の家に行き、父は休日返上で仕事に出かけていった。
そして、我が家には母の友人が来る予定になっている。
母の友人は、以前母の職場で同期だった人だ。
偶然にも同じ学区に住んでおり、息子さんと弟が友達同士だったから、仲良くなるのに時間はかからなかった。
そして、今日わたしたちがやることは、ずばりバレンタインの準備。
女子3人で、執念のシュークリームリベンジ大作戦をやろうと集まったのだ。
母の友人はどうしてもシュークリームを成功させたいということから、オーブンがあり、シュークリームを作ったことのある母の元へ訪れたという。
お礼として、たくさんの漫画を貸してくれるそうだ。リビングに、袋に入った漫画がたくさん見える。
「シュークリームは、最後が難しいんよなぁ…膨らまんのじゃ…」
そういい、しょぼくれる母の友人の背中を、母が苦笑いしながら撫でる。
交友関係のある二人にわたしまで混ぜてもらい、なんだか不思議な三人組によるお菓子作りがスタートした。
クリームは得意だという母の友人。確かに手際よく、ささっとカスタードクリームを作り上げた。
少し味見をさせてもらうと、「おいしーーー!!!」と思わず声が出てしまった。母の友人は、してやったりという顔をしている。
母はその様子を見て微笑みながら、シュー生地の用意をし、それを一ミリたりとも見逃すまいと母の友人が見ていた。なんならメモも取っていた。
手際よく作業をする母。わたしが絞り袋から生地をひとつひとつ形作る作業を、そっと見守る母の友人。
いい感じに役割分担をしながら、お菓子作りは進んでいった。
そして母は、焼きあがったシュークリームの皮を少し余熱で放置させたオーブンからトレーを引き出し、宝物を取り出すようにわたしたちに見せてくれる。
トレーに乗ったシュークリームは、綺麗に膨らみを保っていた。
「やったーーー!!!」と3人で抱き合う。
まるで、女子高校生に戻ったみたいだった。
タイミングを見計らい、母の友人がカスタードクリームを詰め、母が冷蔵庫にシュークリームをそっと入れる。
シュークリームが完全に冷えるまで、母の友人が持ってきてくれた漫画を読むことにした。
母の友人が帰る間際、母が用意しておいたビニールでシュークリームを包んだ。
紙袋にわんさかシュークリームを詰めた母の友人は、ほくほくの笑顔でわたしたちの顔を見た。
「今日はありがとね。また来るね!」
そう言い、出来上がったシュークリームを持って、母の友人は帰っていった。
なんだか、友達が帰ってしまった後のように、しん、とした静けさが耳を圧迫する。
母も、どこか寂しそうな様子だ。
一緒にお菓子を作り、漫画を読み、大はしゃぎする。
いつだってわたしたちは女の子なのだ。
感傷に浸っていると、母の友人と入れ替わるように、父と弟が帰ってきた。
家の中を漂う甘い匂いに、父も弟もどこか落ち着かない様子だった。
母とわたしは笑いをこらえながら、夕食の支度に取り掛かる。
冷蔵庫に眠る、生まれたてのシュークリームたちが、今か今かとそっと出番を待っていた。
※アイキャッチ画像は素敵なお写真をお借りしています。ありがとうございます。
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