面識のない老婆
私が子ども時代を過ごしたのは、
とてもとても古い家でした。
いつ頃建てられたものかわかりませんが、大屋根はキレイに塗られた瓦なんかではなく石瓦だったような記憶があります、長い年月で剥げてしまっただけかもしれません。土間の雰囲気を残した板の間と畳の入った大きな広間。2階には客間(洋間)があり、結婚後に改築が施されたのだ、と母から聞きました。嫁いだ当初は「リアルまんが日本昔ばなしみたいな家」というリアルなのかマンガなのかよく分からない表現で語ってくれます。良い母親なのです。
ある夏の日の出来事
兄と二人、私が小学校の1、2年くらいまでは1階で寝ていました。窓も無い暗い畳の部屋ではありましたが、隠れ家や秘密基地が好きな子どもにとっては最適な場所でした。広さはおよそ6~7畳くらいだと思います。夏になると蚊帳を吊り裸電球が灯ります。蚊取り線香の匂いと手持ち花火の火薬の匂いが、特別な毎日が始まったことを予感させていました。
その部屋は三方向を別の部屋に囲まれています。手前に居間、その奥には祖父母の寝室、右隣は大広間でした。そして私の寝ている場所の左側には廊下があります。伝わりにくいので図解してみようと思います。
私の寝床は廊下側にセットされていました。この廊下は実際に人が行き来することはほとんどありません。箪笥や葛籠がつまれていてギリギリ一人通れるほどのスキマがあるくらいです。窓のついた雨戸は締め切っていて、あけ放たれることはありませんでした。廊下と部屋は障子戸で仕切られていていました。
遊び疲れて夜が来て
いつものように兄の隣で布団に横になっていました。
その日は風が強く、外の木々が揺れ、「ざざざざざ」という笹の音と「ギィ、ギィ、ギィ」という竹のしなる音、雨戸が「がたがたがた」と揺れ、真っ暗な夜に吹き荒れる嵐のような風がとても怖かったのを覚えています。幼いころより「怖い夢」を見がちだった私は、またいつもの「怖い夢」を見るのではないかと思い恐れていました。
なかなか寝付けずにいた私は、だんだんと廊下側に背を向けて、兄のほうをみるように横になっていきました。兄は「スヤァ」と寝ています。背中側からは「がたがたがた」「ざぁざあざぁ」「ぎぃぎいぎぃ」に風の音も加わって激しさを増します。その音は絶え間なく聞こえるのではなく、風の強弱によってランダムになっていきました。法則性のないタイミングがなおさら恐怖を増長させます。それはまるで、何かがこちらの様子をうかがっているような、そんな気さえしてきたのです。
灯りはありません。
家族も寝静まっています。
唯一の救いは尿意を催すことがなかったこと。
いやだなぁ、こわいなぁこわいなぁ、なんかへんだなぁなんかへんだなぁ、と思っていると、兄のほうを向いていた私がいつの間にか天井を向いています。怖くて背を向けていたはずの左側にだんだんと意識が向いてしまいます。見たくないけど気になるけど見たくないけど…どうして兄をほうを向かないんだろう、あれ?
躰が動きません。
寝ているのか起きているのか、ずーんと躰が重くなり金縛りのような感覚におそわれました。ところが躰全体ではなくある一部分だけが、どんどん重くなっていきました。左腕、手首から肘にかけて、重い。そしてずーんから、「ぎゅぅ」と締め付けられるように、次第に引っ張られているような気がしてきました。顔も動かすことができないので、目線だけで左腕を見ようとなんとか、なんとか、眼を動かして、重くなっている原因を探りました。
ウチにはペットなんていません、
妹は2階で寝ています、
布団は暑いのでかけていません、
蚊帳が腕にかかって…いません。
じゃぁ何…
左腕にしがみついた
青白く発光する謎の婆
冷たく、動かず、暗闇で青白く発光する謎のババア。精気が感じられず、微動だにせず、私の腕にしがみ付く青白発光謎婆。見たことのない婆が、寝ている私の左腕をがっしり両手で包み込むように抱いているのです。目を閉じ、浴衣のような恰好をした見知らぬ婆は恐怖以外の何者でもありません。意味が分からない意味が分からない誰なのこのばあさん何なのこのばあさんやばいやばいやばどこから来たのいやだれだれだれだ・・・・・その時私はパニックになりそうな、いやすでにパニックになっていましたが、この微動だにしない眠れる獅子ババアを起こしてはいけない、俺がババアに気付いていることをババア本人に気づかれてはいけない!と勝手に思い込み、しばらく「じっ・・・・」としていました。
どれくらい時間がたったでしょう。
私はいつの間にか寝てしまっていたようです。
気が付いた私は、兄のほうを見ながら寝ていました。きっと夢だったのでしょう、外を怖がるあまりに自分で生み出した悪夢にうなされていたのかもしれません。子どもの想像力とは本当に豊かです。ありもしないものをまるであるかのように―
「がたがたがたがたがた」
突然、私の背中で雨戸が激しく揺れました。
胸をなでおろしたタイミングに合わせたかのように、再び外が荒れてきました。また気づかぬうちに仰向けにされ、左腕に青白婆がしがみついてくるのではないかと怖くなってきました。何とかしなければいけない、もうあのババアは見たくない!と思った私は意を決して
左側を向いて寝てみました。
「後で怖い目に会いそうなのであれば、先にみておいたほうがいいんじゃないか作戦」です。これは5歳のころに私が独自で生み出したといわれる「美味しくないものは先に食べて、あとで美味しいものを食べれば丸く収まる大作戦」の流れを汲むBad First先取りの新必殺技でした。
「この時のひらめきは世界を救えるほどの光を放っていた」と、過去の自分の頭を「ぽんぽん」としてあげたいほどの功績です。この突然誕生した新必殺技により、以後「左腕しがみつき青白発光謎婆」とエンカウントすることはなく、順調にすくすくと成長し、今ではnoteで何の影響力もないくだらない記事を書き上げるほどの人物になりました。
あとがき
私が見ていた怖い夢とは、以前記事にも上げた「だるまのかい」のことです。この古い家にいるときは本当に嫌な夢を見ることが多かったです。何もない田舎だからこそ想像力豊かに育ったのだと今では思っています。
夏だから怪談というわけではありませんが、この話を読んだ人は3時間以内に3人にこの記事を紹介してはいけません。誰にも話さずに自分は何故こんな記事を読んでしまったのだろうかと「じっ...」と己の愚かさを反省しましょう。それをすることによりあなたの安眠は確保され「スヤァ」と今夜も心地よく眠れることでしょう。稀にこのnoteのおかげで「肩こりが治りました!」「今ではウォーキングが日課です」「家内に勧められたんですよー」と言うコメントを書きたい衝動に駆られますが無視してかまいません。
※本文中の出来事は全てノンフィクションであり、過去の思い出に耐えきれなくなった私はあとがきでバランスをとるという方法を取りました。いまだに意味の分からない婆です。当時の旧家は取り壊され、その敷地には知らない家が2軒ほど建っております。何もなければよいのですがー
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