大阪凝視 (大阪怪談)
本場のたこ焼きを食べたくて高速バスで六時間かけて大阪難波に行った。降車するとすで夕暮れだ。御堂筋をそぞろ歩いていたら、後ろから来たバイクにバッグを持っていかれた。あのバッグの中に一泊分のホテル代とたこ焼き代が入っていたのに。帰りのバスチケットと身分証明書も。無事なのはポケット中のスマホだけ。
私は泣きながら南警察署に行って被害届を出した。それから、とぼとぼと歩いて難波に戻った。楽しみがゼロになり、歩行者に八つ当たりをして呪いの言葉を吐く。大阪なんか嫌い、大阪大嫌い。
混雑している戎橋の端っこでつぶやいていたら大勢の視線を感じた。人々が私を凝視している。いつのまにか喧騒が静寂になっている。上からも視線を感じ見上げると、グリコの看板のマラソン選手も私を見ている。広告ビルの中から、世界的に有名な歌手のレディババや、ハゲンナも仏頂面で私を見おろしている。やがて群衆から罵声が飛んできた。
「何が大阪大嫌いや。あんたどこのもんや」
「大阪バカにして歩くヤツは許さへんで」
通行人全員が、観光客や外国人も含めて大阪弁で私を責める。ネオンに反射した目玉がぎらぎらと光る。私は後ずさりをしたが追い詰められた。道頓堀川に落ちそう。泳げないのに。
私は「すみません」 と泣いた。
「大阪はひったくり被害が多いって本当ね……バス代を借りて今から帰るからどうぞ許して」
突然電話が鳴った。誰かが乱暴に言った。
「出ぇや」
私はしゃくりあげながら「もひもひ……」 と言った。
「警察です。ひったくり犯を逮捕しました。もう一度署に来れますか? お金も戻りますよ」
同時に喧騒が戻った。大勢の歩行者や観光客は誰も私を見ていない。呆然としていると上から声が飛んできた。グリコのマラソン選手が微笑んでいる。そして口を開いた。
「よかったやん。はよ、警察に行きや。ほんで、お金が戻ったら、まず、たこ焼きを食べぇ」
同時に選手は絵看板に戻った。私は南警察署に向かってダッシュを始めた。大阪大好き。
挿絵 山下昇平
ありがとうございます。