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歩き地蔵のお江戸面白地蔵物語VOL.123武蔵小山から碑文谷までの散歩楽しかった~の巻

タイトル絵の文言と、ちっと違ってて、すみません。

いつもの事ですね?笑

昨日は武蔵小山から碑文谷まで歩きました。目的は、前回の朝日地蔵尊さんをお参りした際に、目黒のお不動さんと碑文谷の仁王さんをお参りする際に、昔の人は朝日地蔵尊さんを参拝したように説明されていたので、ならば、碑文谷さんに行くべきと、そして帰る途中に昨日の温泉に入って、また、体のメンテナンスをしようと思っての行動でした。

ですが、結論を言うと、上の回であんなに、明日も温泉に行って、お地蔵さんのお参りするからと約束していたのに・・・・・

碑文谷での出来事が面白すぎて、雨も降りそうな気配もあって・・・・さっさと碑文谷の取材を終えたら、顔を出さずに帰ってしまって、ごめんなさいの私です。

「あ、朝日地蔵さ~ん。ごめん~」

「いいってことよ~。shibuが生き生きして取材して、逆に体力としては疲れがきているってわかったから、いいの。真面目すぎるのってガンに良くないんだ。適当でいいのさ。大丈夫だよ」

「う、優しい」

ちなみに帰宅してから、汗を流し、

note用の絵と写真整理してからも朝風呂に入り、今、執筆しているのですが、今朝のお風呂の話もここで書かせてください。

歩き地蔵をはじめた頃は本当に髪の毛生えてなく、一回目の抗がん剤の時はもっと早く生えはじめてくれたと思っていたので、本当に悩みました。娘が、「お母さんは頭の形がいいから、最終手段は尼になるのも道だ~」って、冗談半分に言ってくれたことも、「あ、歩き地蔵で行こう」と思うきっかけだったかと思いますが、歩き地蔵をして、かれこれ、3ヶ月半になろうとしている現在の髪の毛はこんな感じにまで伸びてくれました。

ありがとうございます。

今朝は夢にパパと母が、そしてちょこっと父が出て来てくれました。

パパは、髪の毛を石鹸で洗う人でした。なんでシャンプー使わないの?と聞いた事があったんですが、パパの髪の毛は剛毛で、石鹸であえてゴシゴシしてなめらかにしているって言ってたけども、実はこのたわし状態の髪の毛の時に、石鹸でゴシゴシすると本当に気持ちいいだけ泡が立ってくれて、最高な気分で汗を流しきれるんです。パパ、伝授してくれてありがとう。

また、お風呂には、母の思い出もあって、昔、我が家ではお風呂がなく、いつも近所の銭湯に家族と行ってました。ある湿気で体中がペタペタする夏の暑い日、その日は銭湯が休みの日で、でも、お肌はペタペタしてて、本当に気持ち悪かったのですが、母が突然、大きな鍋でお湯をわかしはじめ、たらいにお湯と水をいい感じの温度にしてはって、「さ~順番に、行水しよう」って大きな声で家族に呼びかけてくれました。

シーツで父や兄に裸が見られないように配慮された簡易お風呂で、私は行水をその時はじめて経験し、「あ~めっちゃ気持ちいいな~」とその日の夜は気持ち良く眠れた記憶が今でも、鮮明に覚えています。たしか、小学3年生の頃のお話。その後、5年生のころ、外付けのお風呂を作って、お家にお風呂がやってきた~と大喜びした記憶があります。

そんなことで、お風呂、今朝も、パパと母の思い出を噛みしめながら、入り、自分の肌から汗がじんじんと湧き出るように出てくる様や、湯舟に浮かぶ、自分の皮脂汚れを見て、以前にも書いたのですが、夜中、眠っている時にも私の体の細胞は私のために働いてくださっていのだな~と思うし、また、湯上がり、静かに汗が引くのを待ち、自分の肌を見ていると、血液の流れ、赤いところ、白いところ、その色の変化なども察知できる。あ、今、血液、ここ走ってくれているんだ~。ありがとう。

泣けるくらいに自分の体が愛おしい。

今朝はそんな感じのいいバスタイムをいただきました。

ありがとうございます。

お風呂の話が長くなってしまいましたが、

ここで突然に切り替わるのですが、、、

実に昨日の碑文谷は面白かったです。笑

あえて、武蔵小山の商店街を全部歩いてみようと、武蔵小山で降りました。

お昼すぎになっていて、お腹もすいたので、吉野家で牛丼並を久々に食べました。

食べてて、やっぱり、卵があるともっと美味しいかな?と生卵も追加して

スプーンですくっていただきました。めっちゃ、美味しかったです。

会計は秋田時代にエネオスでガソリンを入れて、Tポイントカードでポイントが500円ほど溜まってたので、それで支払いました。得した気分!!

グーグル君の言う通りに歩き歩きしていると、まじかに迫る東京都知事選の選挙ポスターが目に止まり、話題のホリエモンの写真のポスターってこうなんだ~と思い・・・見て、歩き出したのですが・・・ん?どこかで見た人?

歩き地蔵の39回目で、私は子どもたちから、突然「バイバイ宣言」をいただき、東京のチャレンジネットという介護の勉強をし、初任者研修終了の資格を取って、介護士として社会復帰を果たす事業にお世話になって、生活の立て直しを目指していた時に、上のポスターの方が一個先輩で、よく授業中に後輩の私たちに「元気か?」ってエールを送ってくれていたのです。あ、あの笑顔どこかで見たことがある~~~~。

え、あ~~あの時の先輩~。

都知事選に立候補か~。

東京は面白い人がいっぱいと思ってたけど、まさか、出会ってた方が立候補とは?

と、驚きました。

きっとこの下は川なんだろうな~と、今、調べてみると立会川というらしい。どこかの県にも同じ地名あったな~

この遊歩道を歩いていたら、ひゅっと猫しゃんが横切るのが見えて、、、、あれ~?

っと、猫が走っていった先に向かってみると

なんと

こそっと隠れるように私を待っていてくれました。わかりますか?小さく、ちょこんといらしゃるでしょ?

ね?猫しゃん。警戒している風が、、ごめん、かわいいでっす。

「歩いているところ、写真でほしい?」

「あ、お願い~。足の模様恰好いいね~」

「そっかな~。はい。撮って」

「ありがとう、いい写真撮れたよ~。ほんじゃ、ちょっと先急ぐので・・・」

「え、もう行っちゃうの?尻尾、しょんぼり」

「あはは。ごめん~。またね~」

と歩き歩き

恰好いい山門に到着。

円融寺に到着。

このお寺は平安時代に慈覚大師円仁さんが建てられたお寺と記載されている。

ここで、110回の深大寺に移送され、保管されている、象潟において、慈覚大師円仁さんが自ら彫ったと言われる石仏の話が蘇ってきた。

123回目。語呂も、1・2・3とリズミカルなこの号では、数々の過去の話と繋がる話題が散りばめられている、おもちゃ箱のような出会いだらけと、今、書いていてつくづく思う。

そして123回まで続けていれることに、つくづく感謝だな~と思う。

ありがとうございます。

そして、こちらが、江戸時代にはこの仁王堂に祀られている仁王様を参拝し、目黒のお不動さんを参拝するのがめっちゃブームだったという、仁王堂に到着。

仁王さんを描かせていただけるといいな~と思って参拝したが、

左右どちらの仁王さんもガラス貼りになっていて、お姿が見えない状態。

残念だけど、それだけ、大事にすべき仁王さんなのだ~と理解して先に進むと・・・・

釈迦堂が。

凛として美しく立っていらしゃった。

円融寺の釈迦堂は、室町時代の初期の建物で、国の重要文化財で、23区内で一番古い建造物と・・・

「お~~~~。身震いする~」

そして、このお堂についてと、この碑文谷周辺について、このお堂の横にひっそりと小さく、本当に小さく、遠慮ふかく、佇んでいらっしゃった出世地蔵さんと語り合いましたので、

ここからは会話形式でお楽しみください。(なんちゃって~)

出世地蔵さんお願いします~~。

「はい。おはようございます」

「おはようございます。地蔵さん、こんな絵で良かったでしょうか?」

「ん?えっと、写真では?」

「あ、写真でも顔がなかったのね~。みなさんに、一時期、ナデナデしてもらったから、無くなってしまってたのね~あっちゃ~絵にしてもらって初めて気がついたわ」

「あ、そうだったんですね」

「そうなの。鏡なんてめったに見ないし」

「すごいですね」

「なるようになるって思っているのよ。今回だって、仁王さんを描こうとして来たのに、私を描いてくれるなんて、ラッキーだわ」

「あ、はい、出世地蔵っていうのが、いいな~って。私もガン患者で今はのんびり生活してますがね、歩き地蔵きっかけに出世したいって本当に思うようになりまして、と、いうか、出世というと壮大なんですが、恩返しができる人になりたいのです

「なんでまた?」

「いろんな方々によくしていただいてて、生きているうちに恩返しできる人になりたい。それで
アフアメーションしているんです」

「何?その、ア、ア、アフアフアメーションって?」

「あはは。はい、願いと声に出すといいんだそうです。けど、なりたいだと、なってないってことで、なりますとか、なりました。とか、お願いする時はならせてくださってありがとうございます。とか、その姿になっている言葉がいいらしいんです。けど、なかなか、言葉って難しいですよね。人の癖がでちゃう」

「そうだね~」

「あ、話変わっちゃうんですが、お地蔵さん、あの釈迦像のお堂素晴らしいですね。感動しちゃった」

「どこが?」

「まず、屋根のフォルムが自然に上にせせりあがっている感じで、まさに、不死鳥が羽根を伸ばしているように見えるんですね」

「なるなる」

「ドアの丁番はすごい。手の込んでいる職人の技」

「お、そこに目が行ったか」

「はい」

「あと、周り廊下の柵の支柱の造形のなんてモダンな造り。しかも、室町時代のまま、ここに存在していること事態が奇跡。しびれます~」

「いい所、見ているね~」

「う、やっぱり私古いのが好きみたいです」

「いいんじゃないか」

「23区ないで一番に古い木造建築だとしたら、もっと、参拝される方いても・・・とかも思っちゃうけど」

「いや、いいんだ。数ではないんだ。わかる人に来てもらって感動してもらって。釈迦像も幸せだと思います。あと、shibu、僕を実に明るく描いてくれたね?」

「え、そう思ってくださいますか?」

「うん。だって、見る人によってはただの苔むした出世地蔵でさ、どこ、この地蔵さん拝むと出世するんじゃ~ってさ・・・」

「いやいや、そんなことないです。私描いていて浮かんだのは、戦後の日本なんです。武蔵小山の商店街も戦中は空襲で大変だったと、

目黒区役所のホームページにも空襲の情報が掲載されているんですが、お地蔵さんを参拝して帰り道歩いて、ピュアに感じたのは戦争で犠牲になってしまった方々の霊の存在なのです」

「お、よく、そこに気が付いたね」

「最近、感じるんです。そして生き延びた人たちが、死んだ人たちの分も生き延びる。その御霊のためにも出世するって、熱い思い感じて・・・きっと、戦後は出世地蔵さんも多くの方に参拝されたのでしょうね?」

「そうだよ。だから、顔が消えてしまったの」

「そうだったんですね」

「うん」

「東京都、江戸、あちこち、熱いです。心が。そして、実は都会の方で苦労されてきた方は優しい」

「うん」

「帰り道で面白い物見ました」

「何?」

「趣味で銀閣寺・金閣寺・あと、赤門だから金沢城とか、いろんな歴史的建造物をご自分で作って、家の前に飾っていらっしゃる方とか・・・」

「へ~愉快な人がいるんだね」

「はい。またまた、目黒エリア好きになってしまって・・」

「良かったじゃん」

「はい。あ~たくさんの話題がある訪問だったので、、、お地蔵さんに食べてほしいのをお聞きするのすっかり忘れる所でした」

「あ、良かった。忘れないでくれて・・・ありがとう~。実は~~~」

「実は?」

「ここに来る途中に食べたのがいい」

「来る途中?えっとえっと、あ~~~」

「これ?吉牛ですか?」

「そうそう、なんたって名前がいいでしょ。吉の牛だよ~。運気アゲアゲって感じでしょ」

「はい。安くて早くて、しかも、、、美味しいですよ。しかも、、、どうぞ」

「あ、あこがれの吉牛だ~」

「あれあれ、お地蔵さん顔が復活してる。しかも肌色になってて人間化している~~~」

「あ、幸せ波動で時々こうなるんです~。食べていいですか?」

「もちろんです」

「ありがとう」

「く~うめ~な~~~」

「でしょ?安くて早くて美味しいんですよ~」

「あ~幸せ~うめ~~」

「良かったです」

はい。今回もお地蔵さんに喜んでいただけて、良かったです。

めでたしめでたし。

最後まで読んでいただき、誠にありがとうございました。

では、今日もいい日を創出しましょう。

ありがとうございます~~~。

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