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連載小説【夢幻世界へ】 断片5 マルケスとコルタサル
【断片5】
電車やタクシーが行き交うビジネス街、フロックコートを着た女性が、驟雨のなかニガウリとホウセンカ、カーネーションを求めて公設市場へ向かって歩いている。
彼女は今朝飲んだ虫下しのメキシコ茶のげっぷを我慢し、ポンチョを着てくればよかったと後悔しながら、年金の未払いがいくらであったかとか、浴槽の水垢がツバキの油で落ちないかと思案する。
風呂に入ることでヘルニアを直そうとしている旦那のサイコロ賭博をどうすれば減らすことができるかとか、マラリアで死んだ兄(儀仗兵であった)を脳裏に掠めながら、彼女は垂れ流しの饐えた小便の匂いのする路地を急ぐ。
その周辺ではアイスクリームの屋台が漆喰の壁に張り付き、中国人が蜜蜂を突っ込んだピタを売っている。
インディアンのイラストを描いた包装紙で包まれた、りんごパイのデザートをココアと一緒に食べている、椅子の張替え職人。
この舞台装置の背景のように「彼」が佇む。エリトリア号、金色の光の家、屈折光、蜃気楼、棘だらけの小潅木小潅木、水汲み水車、サンゴ取り、瞳孔、赤錆色の染み、そんなシーンが流れる映画を、地方選挙前に見て、轅、樋を古道具屋に売りに行き、代わりに錫でできた小蝿を買って帰る「彼」。
「彼」とはそういうものだったのだろうか?
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