【短編小説】放課後メロウ:期待〔後編〕
次の日になった。
会えるのは確実。
あとは、怪しまれないような質問をしよう。
「何年生なの?」
「ピアノは昔からやってたの?」
「すごい綺麗な歌声だね」
なんか聞き方がどうしても、
インターネットにはびこっている
出会い厨みたいになってしまう。。
ただ素直にそう思ったから言いたいだけなんだけど。
色々頭の中がぐるぐるなってきた。
世の中の片想い男子も
毎日こんなこと考えてんのかな。
そして今日も憂鬱に1日が過ぎていった。
仲良く話せる友達はいないし、
夕方のあの時間がまた訪れることだけが
楽しみだった。
「またなー」「また明日ー」
みんなが帰っていく。
誰もいなくなるのを待って、
そっとカバンを背負い教室を出た。
静かにトクトクと鼓動が早くなっていく。
今日はやけに野外部活生の声が廊下に響いてくる。
僕は音楽室まで歩きながら昨日の歌声を探した。
ドアの前まで来た。
結局外がうるさくって
昨日みたいに女の子の歌声が
狭い廊下に反響してくることは無かった。
「ガララ..」
「ぽろん、ぴろろん」
良かった、居た。
ピアノの音が細い糸となり、
必死に僕とあの子を繋ぎ止めてくれてるような
安心感。
この音色が無かったらきっと、
出会えてなかっただろう。
「あ、あの、、、!」
今日は思い切って話しかけてみた。
「へっ」
不意に演奏を止められ、
びっくりした様子の女の子。
そりゃそう。ごめんなさいいきなり。
「昨日聴きながら寝ちゃったから、
その、今日は色々はなしてみたいなって…」
お互い無言の時間が流れる。
僕は下ろしていた両手の行き場に変に困り始め
両手を絡ませたりながら返事を待った。
「どうしたの。私練習しなきゃいけない曲があるの」
…遠回しに断られたみたいだ。
「わかった。じゃあ、また、
ここに座っててもいい?」
僕からは女の子の顔はチラッと
横顔しか見られないけど、
その子はちょっと
気まずそうに頷いたように見えた。
昨日お世話になった椅子に腰掛け、
前奏と思われるピアノの音をサラッと聞き始めた。
「はぁーっ」
女の子特有の細い喉から発せられる
歌う前の息継ぎが教室の空気を一変させ、
その場を一気にライブ会場に仕立て上げる。
僕は録音するわけでもなく、
本を読みながらでもなく、
ただただ鍵盤の上で滑らかに動く指を追い
惹き込まれるその不思議な歌声に耳を澄ませて
次に押し込まれる鍵盤を無意識に探していた。
―とてもか細い声。それは良い意味で。
でも心をスっと撫でてくれるような
心地よいサウンド。
この教室に来てからもう1時間半が過ぎたみたいだ。
90度で固まっていた腰をぐぅんと伸ばし、
痛みをいたわるようにゆっくり座り直す。
首もきつくなってきて
ストレッチがてら身体のあちこちを動かしていた時
「ドーン─── 」
ピアノの低音がビリビリと胸に響いてきた。
メドレーみたいに次々演奏されていた曲が
ついに終いを迎えたのだ。
女の子の背筋は終始ピンと伸びていて
まるで疲れを知らない洋人形のように見えた。
「ふぅー。」
また喉から漏れる息遣いが聞こえてきた。
僕は、気づいた時には拍手をしてしまっていた。
しようと決めていたわけじゃないけど、
素敵な演奏を聞けて無意識に身体が
喜んでいたのだろう。
「ふふっ」
僕のうるさい拍手が可笑しかったのか、
数センチ空いている窓を通り抜ける風のような
透明感のある高い声で、その子は笑ってくれた。
気持ちが高ぶっているままに
気になっていたことを投げかける。
「ねぇ、何年生なの!」
「ピアノとかも習ってたの?本当に綺麗だよ!」
今の自分の目はとても輝いているだろうな。
多分、期待の眼差しと言わんばかりの眼力で
見つめてしまっていると思う。
「そんな、凄いもんじゃないけど。
とりあえずありがとう。」
照れくさそうに鼻で笑いながら応えてくれた。
「小学校低学年くらいの頃から習わせられて、
無理やりここまで弾けるようになったって感じかな」
無理やり…。
さっきまで楽しそうに演奏していた子から
こんな言葉が出てくるとは。
何か過去にあったのだろうか。
この子と会って間もない僕は、
今目の前にいる人の辛かった過去の話を聞いても
すぐ器用に受け止めることはできないと思ったため、興味からくるこの追求したい欲をグッと堪えた。
「そうなんだ。でも君が演奏をずっと続けて
きてくれたおかげで毎日ぼーっと生きてる
僕の日常に最高の思い出ができたよ。」
心で感じている感動をどうにか伝えようとゆっくり言葉にしていったら、最終的にどこかのロマンチストが言いそうなユーモラスな言葉になってしまった。
「─ほんとあなた面白いね」
右手を軽く握りしめて鼻の下にチョンと添え、
周りの空気を溶かすかのように淡く笑う女の子。
褒められたように感じて嬉しくなり
僕も同じように鼻の下に指を当てた。
なんかそこがこそばゆく感じたんだ。
「じゃっ、また。これから習い事なの」
昨日と同じ。
一幕終わったと思ったら
一瞬だけ頬を撫でる風のように
たちまちいなくなってしまう。
「あー…名残惜し。また明日も来る!!」
どうにかして仲を深めていきたい。
下心ではなく、ピアノという魅力的な楽器を弾く
可憐な女の子に少しでも近づきたいから。
少しでも。
「おいでよ。」
昨日より口角を数ミリ上げてくれている
ように感じた。
ミディアムくらいのサラサラな髪をなびかせ
17歳誌モデルの魅力的なウォーキングのように
音楽室から去っていく女の子。
また聞きたいことが一つ増えた。
「習い事は、何をしてるの?」
後ろ姿を追いかけるようにぼそっと
口から漏れた自分の声。
バッと口を塞いで目を開き、
声量はどのくらいだったか確認するように
教室中を見渡す。見てもわかりはしないんだけど。
まだあの子と友達になれたわけじゃない。
名前すらも知らないのだ。
それと忘れてたけど、学年も。
前々から聞こうと決めていたことが
その瞬間になると全て
頭からピヨピヨとひよこが舞うように
飛んでいってしまう。
毎日つまらないと思いながら
過ごしていた学校の風景。
あの子に出会えてからは
今目の前に広がっている夕焼けの
すこし赤みを帯びた桃色の澄みやかな空を
ちょっとずつ指で掬っていくように、
ほんのり色づいていくのを感じた。