見出し画像

防災に「将棋」を取り入れると

「避難所の体育館で救護活動をしたりするんですけどね、子どもたちが走り回ったりするだけで治療もままならないんですよ」

2018年・夏。鶴橋にある大阪赤十字病院の国際医療救援部国内救援課で取材させて頂いた際に耳にした言葉だ。

「体で突っ込まれたら危険ですし、床を伝った振動だけでも治療に支障がでます」

取材させていただいた方はロジスティクスを専門としていたが、熊本地震や大阪北部地震といった卓越した経験からだろうか、災害医療の最前線についても教えてくださった。

画像1

災害時のトリアージで実際に使用する

画像2

救命胴衣

実はこのことが「将棋」と結びつくなんて思うのはこの世界できっと私だけだろう。大阪北部地震でのちょっとした出来事をここでは紹介したい。

わたしは「立命館大学将棋普及実行委員会」という新しい団体の代表を務めさせて頂いている。普段は小学生の授業やイベントで将棋を教えている。

2018年6月18日、烈震が私たちを襲った。ガスも水道も止まった。その翌日、この団体の発起人である3回生の先輩から連絡が入った。

「避難所に将棋盤と駒をもっていって、子どもたちに将棋を教えよう」

当時防災サークルに入っていたにも関わらず何も出来ずにいた私は、とにかく何か活動できるということに喜んですぐに賛同した。ただ、避難所の避難者にとってそれがどのようなニーズがあるのか当時は理解できておらず、反省すべき点でもある。

立命館大学大阪いばらきキャンパスの近所にある茨木市立穂積小学校が避難所として開設されていた。6月20日、そこに将棋盤と駒35セットほどをスーツケースに携えてお邪魔した。

画像3

茨木市立穂積小学校

最初に出迎えてくださったのは市の職員。穂積小の現時点での避難者の数や状況を把握するために職務にあたられていた。

そして次に目に入ったのは、避難者である各家族と、体育館内を走り回る子どもたちだった。携帯ゲーム機にも飽きた様子で、避難所内を駆け回り、じゃれていた。することもないし、そりゃ飽きるよなぁ、と思いつつ「もし自分がこの場所の避難者だったら騒音の苦情を申し入れるかもしれない」とも感じた。

画像4

避難所である体育館内

事実、こうした子どもたちに限らず障がい者や高齢者、傷病者、妊婦といった方々は、一般の指定避難所での生活にうまく馴染めず、周りの避難者とトラブルになる事例が報告されている。自閉症患者は人混みがニガテで悲鳴を突然発してしまう、といった具合だ。こういった方のために「福祉避難所」が存在しているのだけれど、大阪北部地震では福祉避難所開設が見送られたことも背景にあるのかもしれない(毎日新聞2018年7月1日大阪朝刊)。

この時、自分がここに来た意味に初めて気づいた。将棋盤を体育館に用意すると、走り回っていた子どもたちがどんどんと集まってきた。当時は藤井聡太七段の連勝記録が大きく報道されていた時期でもあり、子どもたちは将棋に対して興味津々の様子。体育館中の子どもが駒を取り出しては将棋をし始めた。

画像5

子どもたちと楽しく将棋を指す

途中でテレビ局の取材や日本赤十字社の方が巡回に来られたりとなかなか避難所らしい体験をした。でもそんなことより、最初は子どもたちの面倒見をする感覚で始めた将棋ボランティアが、走り回っていた子どもたちを静かに座らせることに成功し、避難所の方々の生活を騒音の改善という形で一時的だけでも改善できたということの衝撃の方が大きかった。一般ボランティアの役目のひとつに子どもの面倒見という要素があるのはよくある話だけれど、それよりも大きな可能性をこの将棋ボランティアから見いだせた。

このことを冒頭の大阪赤十字病院での取材でお伝えしたところ、それは興味深いとのお返事。騒音の改善に加え、DMATの治療をスムーズに行う環境づくりの一助ともなる、とお褒めの言葉をいただいた。最初は何も考えずにがむしゃらに行ったことが、まさかこんな形で評価される日が来るとは。

この日からわたしは「将棋普及」に対しての向き合い方が180度変わった。

純粋に「将棋」というゲームが好きだった。その文化を愛していた。だからこそ将棋を多くの人に知って、指してもらいたい。そんな思いで将棋普及の活動をし、高校生のころから大会を運営させてもらってきた。

けれど先述の気づきから、将棋の「防災」の側面について考えるようになったのだった。快適な避難所生活の提供は避難者のストレスの軽減、ひいては震災関連死の減少につながるかもしれない。治療環境の整備にも活用できると学んだ。

そしてそれだけでなく、平常時からの将棋の普及活動が結果的に防災やレジリエンスの強化につながり得ると感じられた。地域防災には、共助や復興の観点から住民同士のソーシャルキャピタルが重要視されている。行政による公助には限界があることが近年の災害から明らかになってきたからだ。しかし近年、都市部では住民の地域参加が消極化し、過疎地域では人材不足が発生している。これでは災害時の共助が適切に機能するのかは疑問であり、日本の従来の地域コミュニティの形は見直しを迫られているともいえるのだ。

だからこそ、災害時のソーシャルキャピタルを強化するために、地域の住民が平時からお互いに接しあう場所を積極的に創り出していく必要性を感じていた。そして「将棋」が、そのプラットフォームとなり得るという結論に至った。地域の子どもたちやその保護者が、将棋というプラットフォームを通じて知り合い、交流し、何らかの地域参加=ソーシャルキャピタル強化へのきっかけになる。

このプラットフォームになるモノは別に将棋じゃなくたってなんだっていい。こうやって防災に思いもよらないことが実は活かせることを知ってほしい。そして防災に限らず、現代日本の地域社会・コミュニティがどのような転換を迫られているのか。単に高齢化社会や都市化・過疎化について学校で学び、それをレポートで再生産するだけでなく、そのことが現場でどのような意味を持つのか。もう一歩踏み出して考えてみると興味深い世界がそこには広がっている。

だからわたしは「なぜ将棋を教えるのか」との質問に対してこう答えることにしている。

「地域防災の取り組みの一環です」

画像6

最後に記念写真

#防災 #減災 #将棋 #大学生 #やさしいかくめいラボ


いいなと思ったら応援しよう!