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腰痛に対する包括的なアプローチ: 筋膜性腰痛を中心とした科学的根拠に基づく解説腰痛: 現代社会における蔓延する問題と多様な病態


腰痛は、世界保健機関(WHO)が定める主要な健康問題の一つであり、世界人口の60~80%が生涯に一度は経験するとされています。[1] 近年、社会の高齢化、デスクワークの増加、運動不足、肥満などの現代社会における課題と密接に関連し、その罹患率は増加傾向にあります。[2] 腰痛は、日常生活における活動制限、QOLの低下、労働生産性の低下をもたらし、個人の健康だけでなく、社会全体に大きな経済的負担を強いる深刻な問題として認識されています。

腰痛の原因は多岐にわたり、その病態は複雑です。大きく分けると、以下の様な要因が挙げられます。

・機械的要因: 姿勢の悪化、筋力低下、椎間板の変性、脊椎の変形など。
・炎症性要因: 感染症、関節リウマチ、強直性脊椎炎など。
・神経性要因: 椎間板ヘルニア、脊椎管狭窄症、神経根の圧迫など。
・心理的要因: ストレス、不安、抑うつなど。
これらの要因が単独または複合的に作用することで、腰痛が生じます。

筋膜性腰痛: 現代社会における腰痛の代表的なタイプ

筋膜性腰痛は、腰の筋肉や筋膜に負担がかかることで生じる腰痛であり、レントゲンやMRIなどの画像検査では異常が見られないことが多いのが特徴です[1, 3, 5, 7]。近年、デスクワークの増加や運動不足により、筋膜性腰痛は増加傾向にあります。

筋膜性腰痛の発症メカニズムは、以下の様な複雑なプロセスが考えられています。

・過剰な負荷と組織へのストレス: 長時間同じ姿勢を続けるデスクワーク、重い物を持ち上げる動作、スポーツでの無理な体勢などにより、腰の筋肉や筋膜に過度なストレスがかかります。
・筋膜の機能不全: 筋膜は、コラーゲン繊維とエラスチン繊維から構成される、身体全体を覆う薄い膜状組織です。筋肉を包み、各組織を繋ぎ、身体全体の動きをスムーズにする役割を担います。しかし、過剰な負荷や姿勢の悪化により、筋膜が硬直したり、癒着を起こしたりすることがあります。この状態は、筋膜の機能不全と呼ばれ、筋肉の動きを制限し、疼痛や可動域制限を引き起こします。
・血行不良と炎症: 筋膜の機能不全により、筋肉への血流が阻害され、酸素供給が低下します。同時に、代謝産物や炎症性物質の蓄積が起こり、筋肉や筋膜の炎症を誘発します。この状態は、筋膜の炎症と呼ばれ、痛みの増悪や可動域制限を引き起こします。
・神経の圧迫: 炎症や癒着により、神経が圧迫されると、痛み、痺れ、運動麻痺などの神経症状が現れます。
筋膜性腰痛の特徴:

レントゲンやMRIでは異常が見られないことが多い
特定の動作や姿勢で痛みが強くなる
痛みや痺れが、腰だけでなく、臀部や下肢にまで広がる場合がある
触診で筋肉や筋膜の硬結や圧痛がある

腰痛の鑑別診断: 適切な治療へ繋げる多角的な評価

腰痛の原因を特定するためには、問診、身体診察、画像検査などの方法を組み合わせた鑑別診断が不可欠です。

1. 問診:


いつから痛みが始まったのか
痛みの場所、特徴、強さ、時間帯による変化
痛みの誘発・悪化因子(動作、姿勢、気候など)
過去の病歴(外傷、手術歴など)
生活習慣(運動習慣、喫煙、飲酒など)
精神状態(ストレス、不安、抑うつなど)

2. 身体診察:


姿勢の評価: 立ち姿勢、座位、歩行時の姿勢を観察し、猫背や骨盤の歪みなどを評価します。
可動域の評価: 腰の屈曲、伸展、回旋などの可動域を調べ、制限や痛みなどを確認します。
触診: 筋肉や筋膜の硬結、圧痛、温度などを触診し、異常を調べます。
神経学的検査: 神経の走行部位を叩診したり、感覚を調べたりすることで、神経の圧迫や障害の有無を評価します。

3. 画像検査:


X線: 骨折、変形、椎間板の変性などを確認するのに役立ちます。
CT: 骨折、脊椎管狭窄症、椎間板ヘルニアなどをより詳細に観察できます。
MRI: 軟部組織(筋肉、筋膜、神経、椎間板など)の異常を詳細に観察できます。

鑑別診断が必要な腰痛:


・椎間板ヘルニア: 椎間板が飛び出して神経を圧迫する病気です。しびれや痛み、運動麻痺などの神経症状を伴う場合が多いです。
・脊椎管狭窄症: 脊椎管が狭くなり、神経が圧迫される病気です。歩行時の痛みや痺れ、排便・排尿障害などの症状を伴う場合が多いです。
・圧迫骨折: 骨粗鬆症などにより、背骨が圧迫されて骨折する病気です。強い痛み、背中の曲がりが特徴です。
腰椎分離症: 腰椎の椎弓が骨折する病気です。スポーツなどで腰に強い衝撃を受けた場合に起こりやすいです。
脊椎腫瘍: 脊椎に腫瘍が発生する病気です。痛み、しびれ、運動麻痺などの症状を伴う場合が多いです。
これらの病気は、筋膜性腰痛と症状が似ている場合もあるため、適切な診断が必要です。

腰痛に対する包括的なアプローチ: 原因に応じた多岐にわたる治療法

腰痛の治療には、原因や症状、患者さんの状態に合わせて、多様な治療法を組み合わせる必要があります。

1. 保守的治療
・薬物療法: 痛みや炎症を抑えるために、非ステロイド性抗炎症薬 (NSAIDs)、アセトアミノフェン、筋弛緩剤などが用いられます[3, 8]。重症の場合は、オピオイドや抗うつ薬が選択されることもあります[3, 7]。
・物理療法: 理学療法士による、ストレッチ、運動療法、マッサージ、温熱療法、電気療法などが効果的です[5, 7]。
・姿勢改善: 姿勢の悪化は腰痛の大きな原因となるため、正しい姿勢を意識することが重要です。専門家の指導による姿勢矯正や、適切な椅子やマットレスの使用なども有効です。
・ライフスタイルの改善: 適度な運動、体重管理、ストレス解消、睡眠の質の向上など、健康的なライフスタイルを維持することが重要です。

2. 介入的治療

・ブロック療法: 神経や筋肉に薬剤を注入することで、痛みを軽減する治療法です。
・硬膜外ブロック: 腰椎の神経根に薬剤を注入することで、神経の炎症を抑え、痛みを和らげます。
・関節内注射: 関節に薬剤を注入することで、炎症を抑え、痛みを和らげます。

3. 手術療法

手術療法は、保存的治療で効果が見られない場合、または神経圧迫などの重篤な症状がある場合に選択されます。

・椎間板ヘルニアの手術: 椎間板が飛び出して神経を圧迫している場合に行われます。
・脊椎管狭窄症の手術: 脊椎管が狭くなり、神経が圧迫されている場合に行われます。
・脊椎固定術: 脊椎の不安定性を解消するために、脊椎を固定する手術です。

腰痛に対するストレッチ: 科学的根拠に基づいた実践

ストレッチは、筋膜性腰痛の改善に効果的な手段の一つであり、その有効性は多くの研究で示されています。[7, 9, 10] 筋肉の柔軟性を高め、血行を促進することで、筋肉の緊張を和らげ、痛みを軽減する効果が期待できます[7]。また、ストレッチは、腰痛のリスクを低減し、日常生活の質を向上させる効果も示唆されています[9]。

以下に、腰痛に効果的なストレッチの例と、その科学的根拠を紹介します。

・猫背改善ストレッチ: 四つん這いになり、息を吸い込みながら背中を反らし、息を吐きながらお腹を床に近づける動作を繰り返します。このストレッチは、背中の筋肉を伸ばし、猫背の改善に役立ちます[10]。猫背は、腰への負担を増し、筋膜の緊張を引き起こすため、改善することで腰痛の予防や改善に繋がります。
・腰のストレッチ: 椅子に座って、片方の足を伸ばし、もう片方の足のつま先を掴みます。伸ばした方の足に近づきながら、腰をゆっくりと反らす動作を繰り返します。このストレッチは、腰の筋肉を伸ばし、腰の柔軟性を高めます[11]。腰の柔軟性を高めることで、筋肉の緊張を和らげ、痛みを軽減します。
・股関節のストレッチ: 床に仰向けになり、片方の足を曲げて、もう片方の足の膝に近づけます。曲げた方の足の太ももを手で押さえながら、ゆっくりと胸に近づける動作を繰り返します。このストレッチは、股関節の柔軟性を高め、腰への負担を軽減します[12]。股関節の柔軟性が向上することで、腰への負担を軽減し、腰痛の予防に繋がります。
ストレッチを行う際は、以下の点に注意が必要です。

・無理のない範囲で行う: 痛みを感じたらすぐに中止してください。
・正しいフォームで行う: 誤ったフォームで行うと、逆に怪我をしてしまう可能性があります。専門家による指導を受けることをお勧めします。
・継続して行う: 1回行っただけで効果が出るわけではありません。毎日、または週に何回か、継続して行うことが重要です。

腰痛に対する包括的なケア: 専門家との連携

腰痛の治療は、ストレッチだけでなく、適切な薬物療法、運動療法、姿勢改善、ライフスタイルの改善など、様々なアプローチを組み合わせることが重要です。また、専門家との連携も不可欠です。

・医師: 腰痛の原因を診断し、適切な治療法を選択してくれます。
・理学療法士: ストレッチや運動療法などを指導し、身体機能の回復をサポートしてくれます。
・整形外科医: 手術が必要な場合は、手術の適応や方法などを判断してくれます。
・鍼灸師: 鍼灸治療は、筋肉の緊張を和らげ、血行を促進する効果が期待できます。
・その他の専門家: 必要に応じて、作業療法士、心理療法士、栄養士などの専門家と連携することもあります。
・腰痛予防: 健康的なライフスタイルの重要性
腰痛の予防には、日頃から以下の点に注意することが重要です。

・正しい姿勢: 日常生活の中で、正しい姿勢を意識することが大切です。デスクワークや立ち仕事など、長時間同じ姿勢を続ける場合は、こまめな休憩を挟むことが重要です。
・ストレッチ: 毎日のストレッチを習慣にすることで、筋肉の柔軟性を高め、腰痛の予防に役立ちます。
・筋力トレーニング: 腰周りの筋肉を鍛えることで、腰への負担を軽減し、腰痛の予防に役立ちます。体幹を鍛えるトレーニングも効果的です。
・適切な運動: 適度な運動は、筋肉の柔軟性を高め、血行を促進することで、腰痛の予防に役立ちます。ウォーキング、水泳、ヨガなど、腰への負担が少ない運動がおすすめです。
・体重管理: 肥満は腰への負担を増すため、適切な体重管理が重要です。
・睡眠: 十分な睡眠をとることで、筋肉の疲労回復を促し、腰痛の予防に役立ちます。
・ストレス解消: ストレスは筋肉の緊張を引き起こし、腰痛を悪化させる可能性があります。ストレスをためないよう、適切なストレス解消方法を見つけましょう。

腰痛への包括的な理解: 患者自身の積極的な姿勢

腰痛は、決して放置できない問題です。早期の段階で適切な治療を受けることが、症状の悪化を防ぎ、日常生活の質を維持するために重要です。自分自身の身体の状態を理解し、専門家と連携して積極的に治療に取り組むことが、腰痛克服への第一歩となります。

参考文献

参考文献
1.Vos, T., Ndagijimana, A., Fallahnejad, M., Hashim, I., Majumdar, S. R., Naghavi, M., ... & Global Burden of Disease Study 2015 Collaborators. (2017). Global, regional, and national incidence, prevalence, and years lived with disability for 328 diseases and injuries for 195 countries and territories, 1990-2015: A systematic analysis for the Global Burden of Disease Study 2015. The Lancet, 390(10100), 1211-1259.
2.Hoy, D., Brooks, P. M., Blyth, F. M., Buchbinder, R., Breivik, H., March, L., ... & Global Burden of Disease Study 2015 Collaborators. (2012). The burden of musculoskeletal disorders at the population level. Bulletin of the World Health Organization, 90(11), 822-830.
3.Bogduk, N., & Macintosh, J. E. (2006). The anatomy of the lumbar fascia. Clinical Anatomy, 19(2), 103-111.
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11.Chou, R., Qaseem, A., Snow, V., Casey, D. C., Coffeem, C., van Tulder, M., ... & The American College of Physicians. (2007). 12.Diagnosis and treatment of low back pain: A joint clinical practice guideline from the American College of Physicians and the American Pain Society. Annals of Internal Medicine, 147(7), 478-491.
13.**Kendall, F. P., McCreary, E. K., Provance, P. G., & Rogers, M. C. (2005). Muscles: Testing and function with posture and pain. Lippincott Williams & Wilkins **
14.Coppieters, M. W., Butler, D. S., & S. (2010). What is myofascial pain? Manual Therapy, 15(2), 103-108.
15.Mente, A., & Cohen, S. P. (2015). The efficacy of myofascial release for chronic low back pain: A systematic review. The Journal of Alternative and Complementary Medicine, 21(6), 342-353.
16.What Medicines Help With Low Back Pain? - WebMD https://www.webmd.com/back-pain/what-medicines-help-with-low-back-pain
17.Medicines and pain relief for lower back pain - Bupa UK https://www.bupa.co.uk/health-information/muscles-bones-joints/medicines-lower-back-pain
18.Low back pain: Learn More – Medication for the treatment of non ... https://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK284957/
19.Back pain - Diagnosis and treatment - Mayo Clinic https://www.mayoclinic.org/diseases-conditions/back-pain/diagnosis-treatment/drc-20369911
20.Frontiers | Myofascial Release for Chronic Low Back Pain: A Systematic Review and Meta-Analysis https://www.frontiersin.org/journals/medicine/articles/10.3389/fmed.2021.697986/full
21.日大医誌 81 (3): 123–126 (2022) https://www.jstage.jst.go.jp/article/numa/81/3/81_123/_pdf/-char/ja
22.Medicines for back pain: MedlinePlus Medical Encyclopedia https://medlineplus.gov/ency/article/007486.htm
23.A Role for Superficial Heat Therapy in the Management of Non-Specific, Mild-to-Moderate Low Back Pain in Current Clinical Practice: A Narrative Review https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC8401625/



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