シン・鬼十則 ~会社は使い倒すべきで使われるべきでない~
組織に運命共同体の仲間として迎えられるメンバーシップ型雇用と違い、必要なジョブに有効なスキルを買われ雇われるジョブ型雇用。日本でもジョブ型雇用が広がるのとあわせ、表裏一体のように蔓延しつつあるのが「静かな退職(Quiet Quitting)」だと日々感じます。
「そもそもジョブディスクリプションに書かれていない活動を期待・強要するのがどうかしている」vs「いや、同じ組織の一員なのだから最低限の構成員としての役割はある」等の議論が空転する様が目に浮かびます。
電通人や鬼十則は「24時間戦えますか?」と会社に滅私奉公するモーレツサラリーマンの代名詞のように語られることが多いと思います。しかし私の印象は少し違います。確かに昼夜を問わず動き回ってる人は多かったのですが、「会社のために」なんて思っていたのか大変疑問です。
私が当時よく耳にしたのは「お前、会社なんてのは道具だ。使ってなんぼだ。」という話でした。割と上の世代の先輩が言っていました。
順番が逆なのです。まず自分ありき。世に成したい事なのか、やりたい事なのか、味わいたいことがある。その為の使える道具として会社(この場合は電通)を使い倒してやろう、という肚です。個人商店主の集合体と呼ばれていただけあります。
その使い倒す段において、一方的な搾取、フリーライドばかりしようとしても当然上手くゆきません。なので、win-winないしGive & Takeの精神で組織にも貢献する、という順番だったように感じます。
この順番だと「静かな退職」なんていう発想は出てきません。そもそも会社の命令で仕事をしているという意識が希薄です。今でいう「ジョブ型」だろうが、「メンバーシップ型」だろうが、要はその会社が使える会社かどうかです。
そして有用な道具には愛着も湧きます。長年連れ添った相棒のような道具。後進育成といった道具の手入れにも余念がなかったのは、そういうことだったのではないかと思うところです。
お酒は飲んでも飲まれるな。会社は使っても使われるな。ですね!