趣味にボードゲームをお勧めしたい5つの理由
皆様おはようございます、こんにちは、こんばんは。
今年の年間チャレンジである「ボードゲームレビュー&note記事50本執筆」まで残り数本に迫り嬉しい反面、年末の大掃除をすっかり忘れていて今から恐れ慄いている、18toyaこと冬夜です。
やばい時間が足りない。
でも流石にね、大掃除はしないとならないですもんね。12/31までフルに時間が使えると誤解していた自分が恨めしい😅💦💦
「年間チャレンジの大掃除」ってことで私は掃除免除で執筆を認めてくれないかなぁ…(家族をチラ見)
あ、はい……
さて、現実逃避はこの辺にしておいて 笑
本日は表題のテーマ
「趣味にボードゲームをお勧めしたい5つの理由」
についてお話をして行きたいと思います。
正直、この記事を読んでくださっている方の多数派は、既にボードゲームを遊んでいる、もしくは「遊んでいるどころかどっぷり沼に浸かっている」方だとは思ってます🤣
とはいえ、noteの記事というものは色々な方がご覧になる場でもありますし、またボードゲーマーにとっても「ボードゲーム人口を増やす」行為自体はそもそも歓迎すべきことのはず。ソロボドゲ・デジタルボードゲームの対CPU戦を除き、ボードゲームは対人戦が基本で、お相手がいることが大前提になりますからね。
「他者あってこその、ボードゲーム」な訳です。
そんな訳で、この記事では「ボードゲームってものが最近流行ってるようだし、興味はあるけど、まだ触れた事はない」という方に、なぜボードゲームが趣味に向いているか、筆者個人の体験を元にプレゼンさせてもらいたく思います☺️
あくまで私個人がベースになっている話ですので、「ハマらねぇぜ!」と言う方も少なからずいらっしゃるかとは思うのですが、「そういう見方もあるか」くらいの軽い気持ちで読んでもらえれば幸いです^ ^
0.序論〜18toyaの場合
まず自分の体験から言いますと、筆者自身がボードゲームに初めて「触れた」のは大学時代でした。その頃は「英雄三国志」や「ヒストリー・オブ・ザ・ワールド」などを中心に非常に楽しく遊んでいたのですが、当時は自分でゲームを購入して能動的に遊ぶのではなく、「先輩が持ってきたものを、ルール説明等も全てお任せの上で『遊ばせてもらっていた』」というのが正直なところでした。このように筆者は積極的にボードゲームと関わっていた訳ではなかったため、大学卒業後に先輩達と散り散りになってからはボードゲームの世界からしばし離れることとなります。
従って、大学時代に少しボードゲームに触れたことは私の「原体験」にはなっているものの、ボードゲーム「歴」に含めるにはあまりに人任せでぼんやりし過ぎているかなと思ってます。明確にボードゲームを「自分の趣味として始めた」と言って良いのは2014年にバトルラインを購入した時から、と考えるのが妥当でしょう。当時、私は既に40代でした。
その後、家族や友人との遊びを通じてどんどんボードゲームにハマっていき、気付けばボードゲームを始めて早十年が経とうとしていますが、全くボードゲームというのは底無しの趣味で、遊びたいゲームが沢山有りすぎて、あと何十年かかっても遊び尽くせる気がしません。
現時点で間違いなく私の趣味はボードゲームだと言えますし、十年後も二十年後も恐らくボードゲームで遊んでいるのではないかと思います。ボケない限りは……😅
このように、40代からボードゲームを始めた私も現在進行形でどハマりしているくらいですので、40代50代の方だって今から始めても遅くありません。もっと若い方なら尚更です。
「何かを始めるなら今日が最良の日」です!本記事を読んでいただいて気になった方は、今日にでも始めちゃいましょう♪ボードゲームの世界でお待ちしてます☺️
さて、上記のような自分の経験も踏まえた上で、以下では「趣味としてボードゲームを嗜む事をなぜお勧めしたいのか」について触れてみたいと思います。もちろん、本記事を読んだ上でどのような選択を取るかは自由です。単純に読み物として楽しんでいただくだけでも一向に構いません。ただ、もしお読みいただいた方の心が少しでも動いのたら、これほど嬉しいことはありません🙏
それでは行ってみましょう^^
1.ボードゲームの世界は限りなく広い
まず、ボードゲームというものの定義が非常に広がっているため、一口に「ボードゲーム」と言っても広範な範囲が含まれています。つまり「ボードゲーム」を趣味にすると、一生をかけても追い切れないほどの果てしない世界が広がっているということです。
趣味として始めてはみたが、意外と底が浅かった…などという事は、ことボードゲームに関してはあり得ません。むしろ「面白そうなゲームが多すぎるのに時間が足りなすぎる」事を嘆くのは間違いないでしょう!(棚の広さ問題とか、パートナーが許してくれるか問題とかは一旦横に置いておきます😅)
では、ボードゲームの世界がどれくらい広いのか、さらっと見てみましょう。
まず狭義の「ボードゲーム」は「ボードを使うゲーム」であり、日本語に訳すると「盤上遊戯」とも呼ばれます。つまり要素としてはボードが必須という事になります。もちろん、こうしたゲームだけでも多種多様すぎる位の作品に溢れています。
しかし、最近では「ボードゲーム」という言葉が更に広義の意味でも使われているようです。例えばボードを使わないカードのみのゲームなども「ボードゲーム」に含まれることが多い。もちろん、人によりけり・解釈によりけりですが、例えば「ニムト」「ハゲタカのえじき」「ごきぶりポーカー」「犯人は踊る」などを「ボードゲーム」に含める人は少なくありません。場合によっては「マジック・ザ・ギャザリング(MtG)」すらもボードゲームの一種と考えている人もいるようです(世界最大のボードゲームサイトである「Board Game Geek」、通称BGGでは、ボードゲームの1タイトルとしてMtGが登録されています)。
また、19世紀以前から遊ばれているトランプ、ドミノ、バックギャモン、チェス、囲碁、将棋、麻雀などもBGGではボードゲームとして登録されています。日本ではボードゲームをここまで広義に捉えてる人は多くはなさそうですが、伝統ゲームをボードゲームと地続きのものと捉えてる人は少なからず居そうです。
更に最近ではこうした伝統ゲームを活用した新しいゲームなども登場しており、ますます境界線がうっすらしてきています(例えばアークライトさんから出ている「六華」はドミノ牌を利用したボードゲームです)。
ゲームの対象人数も、1人で遊べるものから2人対戦、2〜4人、3〜5人、物によっては10人以上で遊べるものや、極端なものになると100人まで遊べると箱に書いてあるものもあり、その対象人数はさまざまです。
またゲームの種類もパーティー系のものからガチガチの対戦もの、運要素が強いものから運要素が全くないもの、コミュニケーションゲームから戦略ゲームまで、非常に広範な種類のゲームが溢れています。
参考までにお伝えすると、上記した海外のボードゲームサイトBGGに登録されているゲームはR6.12.24現在で「16万944」タイトルです。登録済みのゲームだけでもこれ程の数がある上に、今この瞬間にもまさにボードゲームは増え続けており、全体像を把握するのは限りなく不可能に近いでしょう。
これだけ広くて深いボードゲームの世界なので、この記事を読んでくださっているあなたにもピッタリ来るゲームがきっとあるのではないかと思います。まずは、この「ボードゲーム世界の広大さ」がボードゲームを趣味にお勧めできる第一の理由です。
2.闘争心・競争心を発散できる
さて、次に「人の心にある闘争心・競争心」についてです。
社会において人の闘争心や競争心というものは活力を生む源でもあります。会社での出世レースや、大きな契約を勝ち取る営業努力、社運を賭けた一大プロジェクトに臨む時など、人は自らを奮い立たせ「やってやる!」と思う気持ちが芽生える。こうした例は闘争心や競争心を上手に活用した成功例です。
しかし、競争心や闘争心は相手を選ぶ訳ではない。こうした燃え上がるエネルギーは相手が居なければ鎮火するというものでもなく、場合によっては胸の中で燻り続けることもあるのではないでしょうか。
こうした内的なエネルギーは放っておくと「厄介ごと」を起こす可能性もある。例えばエネルギーの向け先が外にないと自分を責め始めたり、あるいは周囲の人と些細なことで揉めてしまったり。こうした「余計な厄介ごと」を避けるためにはエネルギーの発散手段があると便利です。
例えばスポーツなどは良い「エネルギー発散」の手段でしょう。
また、最近では「eスポーツ」などもこうした「闘争心の発散昇華」に用いられているフシがあるように思います。
ただし、スポーツは身体能力が、eスポーツは動体視力と反射神経が、それぞれ求められる競技であり、こうした分野を苦手とするタイプの人間からは少しハードルが高い。筆者も昔は格闘ゲームが好きでしたが、下手の横好きといった感じでしたw 勿論、私は競技をやる訳じゃないので、それでも良いんですけどね。
こうした観点から言うと、ボードゲームは身体能力の優劣を求められるものはほとんどなく(一部、KLASKなどの例外はありますが)、身体能力に自信がない人でも気軽に参加しやすい。おまけにボードゲームは勝負ごとでもあるので、闘争心や競争心を持って参加することは一向に構わない。
従って、参加するハードルが低い「ボードゲーム」という場を、闘争心や競争心を発散する対象として使う方法は有効ではないかと思います^^
とまぁ、色々小難しい雰囲気の話を並べましたが、端的に言うと「ぶっ倒してやんよ!」という、人を倒そうとする姿勢は、日常社会ではなかなか受け入れられないけど、ボードゲーム上ならウェルカムという話です 笑
あ、マナー無視でOK、という話ではないので誤解なきよう!
闘争心を持ってボドゲに臨んでいいとは言っても「負けたら胸ぐらを掴んで揺すってもいい」とは言ってませんからね?そこは大人の嗜みとしてエレガントにお願いします☺️
3.勝敗だけが全てではない
さて、2では「ボードゲームは闘争心・競争心のぶつけ先にできる」ことを説明した訳ですが、人と人がボードゲームを挟んで対戦すれば「勝者と、それ以外の人」が生まれるゲームが多い。
ではボードゲームは「勝たなければ意味がない」のか。
「闘争心・競争心をぶつける先」になりうるのであれば、勝負に勝てなかった時に大きなダメージを受けるのではないか。
勿論、そう感じる人もいることは否定できません。特に、競技としてボードゲームを競い合っている方は、勝敗の結果に大きく心が揺れ動くことでしょう(例えば競技カタン、競技カルカソンヌ、競技ラミィキューブ等)。
しかし、筆者の個人的な感覚ではあるのですが、趣味として嗜んでいる範囲だと「まず遊べたことに感謝」なんですよね。
そうは言っても私はボードゲームを遊ぶ時、常に「勝つことは二の次」なんて思ってる訳ではありません。勝てるなら勝ちたいし、全力で挑んでます!w
しかし、(そういった経験は一度もないので想像の話にはなりますが)よほど卑怯な手を使われたのならともかく、全員が全力を出した結果、自分が勝てなかったのなら「残念だけど、まぁ良くやったよ」と思うと同時に「こうして勝ったり負けたりを楽しめたのは、一緒に遊んでくれた『あなた(達)』がいてくれたおかげ」と嬉しくありがたく思います。なんせボードゲームの対戦は相手が居てこそ楽しめるものですからね!
そういう意味で言うと、ボードゲームを一緒に囲むメンバー達は「同じものを遊んでる」という時点で敵と感じることはなく、「仲間だけどライバル!」という感覚が近いように思います。
プレイ経験が少ないうちは、こうしたライバル達との1戦1戦の意味を重く感じてしまい、負けたら「グアアアァァ!」と悔しさの余り叫んでしまう事もあるかもしれません(私もバトルラインで遊び始めた頃は「うわぁぁぁそれはやめろぉぉぉ!」と叫んでました 笑)。
ですが、経験を重ねて何十戦、何百戦と遊ぶうちに、1回の結果よりも「このゲームでは何を体験して欲しいのか、どこを楽しませたいのか」「何が敗着だったか。とうすれば勝てる可能性があったか」を考えること自体が楽しくなってきたりもします。まぁ、叫んだ方が盛り上がると思ったら叫びますけどね!😆
ちなみに、ボードゲームにはプレイヤー全員が味方同士で、ゲームシステムにより発生する敵や脅威にチームで対抗する「協力ゲーム」というジャンルも存在します。この場合、勝敗は「チーム全体の勝利又は敗北」であり、プレイヤーが勝者と敗者に分かれることはありません。このタイプのゲームで最も有名な作品は「パンデミック」です。紛れもない名作なので、ご興味がおありの方はぜひ遊んでみてください☺️
4.コンポーネントの素晴らしさ
ここまで見てきた中で「なるほど、ボードゲームが面白そうというのは少し分かった。ただ、それってデジタルゲームでもできることじゃないの?」と思われた方もいるかもしれません。
おっしゃる通り、デジタルゲームでも満たせる要素はいくつもあります。ものによってはデジタルゲームの方が秀でている部分すらあるかもしれない。しかし、一方でボードゲームでしか得られない要素というものもある。その一つが「コンポーネントの存在」です。
コンポーネントとは、ボードゲームの内容物や部品のことで、ゲームによってカード、駒、ボード、タイルなど種類は多岐に渡ります。ボードゲームが好きな人の中には恐らく「コンポーネントが好きだからボードゲームが好き」という人もいるのではないかと思います。
コンポーネントの楽しみ方もさまざま、見る楽しみもあれば触る楽しみもある。美しく収納する楽しみだってある。
かく言う筆者も、例えば大好きな「ヌースフィヨルド」と言うゲームの何が好きと言われると内容自体も好きなんですが、同時に「漁業会社の雰囲気を醸し出しているゲームボードを眺めるのが好き」だったり、「ゲームの最中に木ゴマをいっぱい、あっちにやったりこっちにやったりするのが好き」だったりもするんですよね。この「ゲームを遊んで楽しむ」ことと「コンポーネントを愛でる」ことの間に境界はない。
こうした「視覚」「触覚」の楽しみは結構プリミティブな感覚なので、「同じルールで遊べるならデジタルゲームでも同じだよね」とは、多分ならないんですよ。
さらに言うと、箱やコンポーネントなどの「実物」があるという事は「所有欲が満たされる」事にも繋がります。
【面白いゲーム✖️良きコンポーネント✖️所有欲の充足=至福】
こうしたゲームが「魂の一本」になったりする、それくらいの影響力と破壊力が、コンポーネントにはあると思っています。
もし良ければ、皆様にもゲームの中身だけではなく、コンポーネントの見た目や手触りなどにも注目してもらえればと思います☺️
5.多人数でもソロでも自由自在
さて、ラストです。
「ボードゲームを趣味にしたとしよう。でも、対人戦でしか遊べないなら、一緒に遊ぶ仲間の都合が合わないと遊べないよね?趣味にするんなら、1人でじっくり向き合える時間も作れるモノの方が良いんじゃないの?」
そんなご指摘があるかもしれません。
ご心配は無用です。将棋や囲碁で言う「詰将棋」「詰碁」のように、ボードゲームにも1人で遊べる「ソロ専用ゲーム」や、多人数で遊べるゲームに「ソロルール」が搭載されたものなどがあるのです。
中には「ソロ専用ボードゲームをメインに遊んでいる」という人もいるほどです。
「でも、それならデジタルゲームでも良いのでは?」「1人のためにわざわざゲームを広げて遊ぶの?大変じゃないの?」こういった声もあるかもしれません。
これは確かに否定できない側面もあります!確かにデジタルゲームの場合はスイッチを入れればすぐに遊べるようなゲームもたくさんありますからね。
ただ、「不自由を楽しむ」じゃないんですけど、そもそも「準備しているうちにテンションが上がってくる」なんて要素もあったりして、面倒なことが必ずしもマイナスだけという訳でもない。準備時間は切り替えスイッチみたいなものなのかもしれません。気持ちを盛り上げた上で一人でじっくりゲームと向き合う時間は贅沢の極みと言えるでしょう。
一方で、多人数で遊ぶときは「同じものをみんなで囲んで遊んでる」という一体感が生まれます。「同じ釜の飯を食う」じゃないんですけど、「同じボードで駒を動かす」「同じ山札からカードを引く」ってのは不思議な共同体感覚みたいなものを生むのかもしれませんね。
このように、ボードゲームは多人数で遊ぶ時は「場と時間とゲーム自体のシェア」により一体感が生まれる。ソロで遊ぶと「自分一人のためにボードまで用意する贅沢さ」を感じられる。どちらでも美味しい訳です。
デジタルのお手軽さも勿論捨て難いのですが、ボードゲームには「手間がかかるからこその良さ」もまた、あるように思います☺️
まとめ〜気が合うヤツの10人や20人は誰しも居るはず!〜
以上、ボードゲームを趣味にする5つの理由を述べてきました。いかがだったでしょうか。
ボードゲームを未経験の方からするとなかなか想像が難しい話が多かったかもしれません。上記した通りボードゲームの世界は多種多様で、一口にまとめて説明するのも難しいため、表現がふわっと曖昧なものに終始したことは否定できません。
ここから先は「興味を持っていただけたら、まずはご自身で体験を」という事になります。恐らくお一人お一人ごとに抱く感想は違うでしょうから。ただ、本記事に興味をそそられて「じゃあ、遊んでみるかな?物は試しだ!」と思ってくれる方が1人でもいらっしゃれば今回の記事を書いた甲斐があったと嬉しくなります。是非コメントをお待ちしております☺️
最後になりますが、ボードゲームは1つ1つが人のようなものだと私は思ってます。
それぞれが違う決めごと(ルール)の中で動いており、軽くてノリのいいヤツ、行動原理がシンプルで分かりやすいヤツもいれば、気難しいヤツ、(ルールブックが)ちょっと何言ってるのか分からないようなヤツもいる。
似たように見えても実は全く違うヤツらもいれば、一見共通点がないように見えて意外なところで繋がってるヤツらもいる。
16万本のボードゲームがあるということは、いわば「16万人も友達候補がいる」ようなものです。これだけいれば、きっと自分と気が合うヤツの10人や20人は居るはずです。中には「生涯の友」になるようなヤツもいるかもしれません。
そんな親友に、皆様がお会いできることを祈りつつ。「ボードゲームの世界」へぜひ一歩、足を踏み入れてみてはいかがでしょうか、とお誘いして締めの言葉とさせていただきます。
以上です!最後はボードゲームを「ヤツ」呼ばわりしてしまい心が痛んだのですが、「まだボードゲームを遊んだことがない人」に少しでも親近感を持ってもらいたくて、わざと砕けた言い方をしてみました!ご理解頂けたら幸いです🙏
長文を最後までお読みいただいた皆様、本当にありがとうございました!
もし、本記事のどこかに、心の琴線に触れるものがありましたらスキやフォローを頂けると、とても筆者の活力になります!!よろしくお願いします☺️🙏✨
それでは、次の記事でぜひまたお会いしましょう!!