SF小説 『百万ドルの虚空』その3
ブレイン・マシン・インターフェースシステム
「私からの説明は以上ですが、何かご質問はありませんか?」
壇上から女性担当者が笑みを浮かべて居並ぶ面々を見渡す。長い髪を後ろに纏めてスッと立つ姿は手慣れていて、コンパニオンのようでもあった。視線の先にはVRシステムのテストに駆り出された様々な企業の社員たち。
広めの会議室には50人ほど集まっているだろうか。作業服の者もいれば、秀次のようにスーツ姿の者もいる。中にはツナギを着た者も数人固まって会議室の長机に狭苦しそうに並んでいる。女性の姿もちらほらと見えているが数は少ない。ソフトウェアからハードウェアまで、まるで関連する企業から手当たり次第に集められた技術者たちといった雰囲気だ。
「システムテストって、今日一日ですか? それで終わるんですか?」
秀次の斜め前に座る男が声を上げた。
「本日の作業では基本機能のテストを行います。その後の検証作業にも参加していただく方もいらっしゃいますが、本日お集まり頂いた方々のスケジュールもありますし、先ほど申しました通り、VRシステムとの適性も見てこちらで判断いたします」
ここに集められているのは、概ね20代から30代と言ったところだろうが、秀次のようにVRシステムを扱ったことがある者はそれほど多くはないだろうし、普段の仕事からはやりつけない作業の者もいるだろう。
「あ、では、各自の入館証の番号で係の者が案内いたしますので、指示に従ってください」
女性担当者は奥を見やるとそう言って説明を終えた。担当者のスーツの襟には、東都エレクトロニクスの社章が光っている。
「こんな寄せ集めでシステムテストになるのかね」
「技術的な検証は別なんだろう。ゲームテスターみたいなもんなんじゃないの?」
係に呼ばれるまで座って待っているうち、後ろの席の会話が秀次の耳に入った。
「ここのVRシステムは業務用だろう? ゲームテスター程度なら、アルバイトでも集めればいいんじゃないのか?」
「業務用と言っても、アミューズメント用じゃないからな。ゲーム用と違って後で一般に公開なんてされないし、守秘義務も厳しいだろ? だから俺らじゃないの? 身元も解ってるし、下手しても所属の会社に責任取らせられるし」
秀次は上司の福田の会社の代表だの、責任だのと言った言葉を思い出した。
「結局それか。にしても、冨士城のシステムテストって聞いたのに、東エレでやるんだな」
「冨士城にハードは開発用しかないんだろ。これだけ人数集めて場所も提供するとなると結構な金もかかるだろうからな」
秀次にすれば、そういった企業のごたごたはどうでもよいことで、取り合えずこの仕事を片付けてしまえばそれで良かった。事前に以前やったVR関係の仕事を確認したりしたが、担当者の話だと、後ろの二人の言うように単にシステムの動作確認で、技術も知識も不要のようだった。
「カードナンバーがCで始まる方、Cで始まるの方、こちらへどうぞ」
秀次は首から下げたカードの番号を確認した。C-10。スーツ姿の男性の係員について歩いていくと、重そうな防火扉を開けて階段を下っていく。直ぐ下の階で再び扉を開けて入っていくと、突き当りがはるか遠くにあるような長い廊下へ出た。
「こちらへ」
同じような扉があるうち、”試験室C”とプリントアウトした紙がはられている扉を係員が開けて入った。ロッカーの並ぶ、更衣室のようだった。
「カードのナンバーと同じロッカーを使用して下さい。中に着替えがあります。荷物もロッカーに保管してください。着替え終わった方は、あちらのドアから先へ進んでください」
Cグループは男性だけで、11人いた。秀次もスーツから、この間行った人間ドックの時のような白い検査着のようなものに着替えた。靴も脱いでスリッパで次の部屋へ向かう。
ブレイン・マシン・インターフェースによる最新のシステム、と言っても、このシステムでは視覚と聴覚のように情報のインプットに限定したもので、身体動作の出力を含めた完全没入型よりは簡素なシステムだった。それでも脳に直接影響を及ぼすということで、こういったテストについても健康面の規定が多くあった。秀次の想像よりも厳重なチェック体制のようで、何かの検診にでも来たような気分になっていた。VRシステムのテストと言う以上の妙な不安にかられもした。周りも病院に来たみたいだ、とか、人間ドックか、というような声が上がっている。秀次は着替え終わると、次の部屋へ進んだ。
照明が明かるいその部屋には、鈍い銀色の、電話ボックスを一回り大きくしたような箱のようなものが並んでいる。四面のうち一面がガラス張りで中が見え、ひじ掛けの付いた黒い椅子が見えた。箱の傍には、薄い水色の看護師のような服を着た人が一人ずつ立っている。それを見ていると、秀次は人間ドックに行った時に、防音室で聴力検査をした時のことを思い出した。
ボックスには番号が振られている。カード番号と同じボックスの前に行くと、カードをチェックし、看護師のような係員から中に入るよう促されて、グローブにヘッドセット、その他、心電図でも使用するかのような機器を装着された。説明は受けていたが、ここまでとは思っていなかった。VRシステムの簡単な操作というものがどういうものなのか、見当も付かなかった。
落ち着かない気持ちでいた秀次のヘッドセットから音声が聞こえ、システムが作動する旨連絡があった。特に作動音らしいものも聞こえず、唐突に視界が明るくなる。荒れ果てた荒野とでも行った、草木もない石ころだらけの風景。空は暗くて何も見えない。なんとなく、大気のない惑星か何かのように秀次は思った。CGなのだろうと思ったが、単調な世界にしても、映像にはリアリティがあった。
視界には、右端に出ている数字は現在時刻のようで、1/100秒単位で表示されている。その他、動くと変わる数値は座標だろうと見当をつけた。下の方からはマジックハンドのようなものが2本見えている。グローブを嵌めた指を動かかすとその通りに動く。足元にあるペダルの操作で前進・後退するようだ。音声で指示された通り移動しながら、マニピュレータを操作し、指定の物体を拾ったりする作業をするのが、テストらしい。このVRシステムは、人が赴くには危険な場所などでの機械操作を円滑に行うためのものだということだったが、実際に自分がその場にいるような感覚にかなり近かった。
時折空を見上げて見えるものを確認したり、複雑な移動経路をとったりする等、テストらしいこともしているが、説明を受けた部屋で交わされていて会話のように、只のテスターの作業といった感じだ。作業自体は操作に慣れるにしたがって複雑な作業を指示したりと、退屈するようなこともないが、ゲーム的な面白さがあるわけでもなく、秀次は言われた通りに淡々とこなしていくだけだった。
30分ほどで休息となった。ヘッドセットを外した秀次に係員が気分はどうかと体調を尋ねたが問題はないと答えた。10程休息して、今度は1時間ほど長めにテストすると言われ、テストは再開された。30分ほどで体調を聞いてきたが、秀次は続行しても構わない旨伝えた。体調は体に接続された機器で脈拍、心拍に血圧などは測定されているだろうし、ヘッドセットから脳波も読み取っているかもしれない。そういったことまでは細かく聞かされてはいなかったが、体調をモニターしているとはヘッドセットの装着を手伝った係員から伝えられていた。
昼になって、休息時間となった。食事は食堂があるということで、テスト中の姿のままで食堂まで移動した。VRシステムの装置から出ると、秀次が出るのが遅かったのか、部屋には2、3人しか残っていなかった。そのまま食堂へ向かうと、同じような姿のVRシステムテスト要員だけが集まっていた。ビュッフェ形式の食堂で適当に好きな物を選ぶと、知った顔もないので、人のいない一角に座る。仕切りの向こうにも席はあって、だいぶ広い食堂のようだが、VRテスト要員だけ隔離されているようだった。同じ会社から来たのか、話しながら食事しているものもいるが、皆、どこかむっつりと押し黙っているような気がした。最初の説明時にいたよりも人数は少ない。半分も居ないようだった。女性は同じテーブルに固まって3人座っていたが、顔見知りというわけでもないのか、黙々と食べているだけだった。
食事を終えて戻ったが、部屋には秀次を含めて4人しかいなかった。午前中だけで終えたのか、体調不良、あるいはこういったテストに不向きでもあったのか。
あまり秀次は気にせずに、午後のテストにかかった。午後は、午前とはシーンが変わって水中や空を飛ぶテストも行われた。
作業をこなして装置を出たのは午後3時になっていた。会社からは戻れとも言われていないし、秀次もそのまま帰るつもりでいた。着替えを終えて入館証をビルのフロントで返却して外へでると、午後の日差しと体に纏わりつくような湿った暑い空気が秀次を包んで、まだ暑い昼下がりであることを思い出させた。
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