労働判例を読む#574
今日の労働判例
【ふたば産業事件】(大阪地判R5.1.26労判1304.18)
この事案は、中国の工場の品質検査を担当していた中国人の業務委託先Xが、会社Y(契約したのは、Yの中国のA支社)に対し、中国の労働法に基づいて未払賃金などの支払いを求めた事案です。
裁判所は、Xの請求をすべて否定しました。
1.国際私法の構造
事案の検討に入る前に、まず、国際私法の構造を確認しましょう。
近時、国際私法に関する労働判例が増えています。この傾向は、日本の会社が海外に出ていく場面や、逆に、外国人を日本で雇う場面など、国際化が進んでいくことが間違いないですから、今後より増加していくことでしょう。
本事案は、国際私法の構造がよくわかる事案なので、簡単に国際私法の構造を勉強しましょう。
まず、国際私法の役割りです。
国際私法は、国際的に共通するルールで事案を解決するものではありません。国際的に統一されたルールは、極めて限られた領域でしかなく、しかもそれをルールとして承認している国は限定されているからです。そこで国際私法は、それぞれの事件解決にふさわしい法律を選ぶ、という方法で、事案を解決します。ビジネスの取引の場合や、離婚の場合、相続の場合、労働事件の場合、など、事案の種類によって適切な国(法律)が違いますから、問題ごとにどの法律を選択し、適用するか、という観点で適用される法律を選択し、決定する、という方法で、国際私法は事案解決を図ります。
けれども、法律を選ぶだけですから、それだけで結論が出ません。国際私法によって選択された法律を実際にあてはめることが必要です。
すなわち、①国際私法によって、適用される法律を決定する段階(準拠法選択)と、②実際に法律を適用して事案を解決する段階の、2つの段階を通して、事案に対する判断が示されるのです。
2.中国法の選択
まず、①準拠法選択ですが、裁判所は中国法を準拠法と認定しました。
これは、日本の国際私法である「通則法」12条3項が適用された結果です。この適用が、国際私法の構造をよく示しているので、少し詳しく検討しましょう。
まず、通則法12条3項の適用の際は、本事案は、「労働法」に関する事案である、と評価されました。中国での働き方が問題になっており、ここで中国法が適用されることについて、XY間で異論がないことが、同条項の適用の理由です。XY間で、適用される法律に関して合意していなかったものの、中国で、中国の業務をしてもらうので、お互いに、中国法が適用されることを暗黙の前提としていた、ということでしょうか。
3.中国法の適用
次に、②中国法の適用ですが、特に注目されるのは、中国法上の「労働者」に該当しない、と評価している点です。つまり、①国際私法の観点からは「労働者」だが、②中国法では「労働者」ではない、と判断されました。
特に②について、中国法の労働者保護の対象が、中国の国家政策の観点から制限的に定められており、中国政府の観点から、中国での過去の裁判例なども考慮して、判断されています。
一見すると、同じ「労働者」の解釈・評価に関し、一貫していないようにも見えますが、①は日本の国際私法の問題(つまり、日本の国際私法の観点から、適切な法律を考える場合に、労働法と位置付けるべきである、という判断)であるのに対し、②は中国の法制度の問題ですから、①②それぞれの役割に応じて解釈・評価した、という意味で一貫している、とも評価できます。
中国の法律の、しかも「労働者」該当性、という非常に限られた問題に関する、しかも中国ではなく日本の裁判所の判断ですから、どこまで今後の参考になるのかわかりませんが、少なくとも判断構造として、選択された法律をそれぞれの国の立場から判断して適用する、という国際私法の構造が理解されます。
4.実務上のポイント
Xが、なぜわざわざ日本の裁判所に訴訟を提起したのでしょうか。
中国の裁判所で中国の法律が適用されると勝ち目がないが、日本の裁判所であれば日本の法律が適用され、勝ち目があるかもしれない、という判断でしょうか。あるいは、労働者主権国家である中国の方が、一般的に、労働者保護のルールが充実しているようにも思われますが、逆に、ビジネス上の取引先保護という観点では、契約書の文言だけで割り切るのではない日本の法制度の方が、有利になる、という判断でしょうか。
実務上の観点からみると、海外での契約先から、日本で訴えられる場合もある、という意味で、ビジネスの国際化が進んでいることを実感させられる事件、と言えるでしょう。
※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!
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