労働判例を読む#490
※ 司法試験考査委員(労働法)
今日の労働判例
【近鉄住宅管理事件】(大阪地判R4.12.5労判1283.13)
この事案は、マンションの管理人Xが、コロナ禍、会社Yの指示に反して業務中マスクを着用せず、住民から苦情が出されたこと、住所変更を怠り、通勤手当を本来よりも2700円/月多く受領していた(累計3万円弱)こと、などを理由に解雇された事案です。
裁判所は、解雇を無効とし、定年まで勤務できたはずである分の給与の支払いを命じました。
1.解雇無効の理由
ここで裁判所が解雇を無効とした理由は、大きく3つです。
1つ目は、苦情は1件にとどまる点です。裁判所も、「不快感や不安感を抱いた」住民が他にいたことがうかがわれる、としつつも、実際に苦情としてXに寄せられた件数を主な基準としています。不快感や不安感が、何らかの形で明確に把握でき、しかもその質・量がとても大きければ、別の評価も考えられるでしょうが、苦情が1件しかない状況では、このような裁判所の判断も止むを得ないでしょう。
2つ目は、マスクをしていないことについて注意されなかった点です。解雇に限らず、従業員にとって不利益な処分がされる場合に、従業員の言動や業務品質について問題点を指摘し、改善の機会を与えることが、非常に多くの裁判例で必要とされており、この傾向に沿ったものと評価できます。
もっとも、最近の最高裁判決(「長門市・市消防長事件」最三小判R4.9.13労判1277.5)では、このような注意や改善の機会がなかった事案について、懲戒解雇(懲戒免職)を有効としており、注意や改善の機会が、解雇のために必要でない場合も例外的にあり得ます。
けれども、長門市事件は、消防隊のリーダーが5年間80件のパワハラを行い、しかも中には暴行罪として有罪とされた悪質なものも含まれていた事案です。裁判所は、当該リーダーが改善することは期待できない、とまで断じたうえで、注意や改善の機会がなくても処分を有効としており、極めて特殊な事案であることがわかります。注意や改善の機会を与えなくても処分が有効になるのは、特に解雇の場合、極めて例外である、と考えておく必要があります。
3つ目は、実際にクラスターなどが発生していない点です。1つ目のテント同様、Xの業務命令違反の言動が実際にどのような影響を与えたのか、という問題です。クラスターの発生が、解雇有効のための絶対的な条件というわけではないでしょうが、住民を不安に陥れたこと(上記1つ目)すら示せないのですから、1つ目と3つ目を合わせてみても、業務違反の悪質性は足りなかった、ということになるでしょう。
2.実務上のポイント
Yはさらに、退職勧奨の過程で自主退職が成立した、とも主張していますが、裁判所はこの主張も否定しました。離職票の記載に異議を述べるなど、Xが承服していなかったことは、様々な言動から明らかですから、この点のYの主張も、少し強引です。
ところで、Xは解雇(6月)された年の12月には定年となり、無理に解雇しなくても半年後には退職することとなっていました。
なぜYがXの解雇を急いだのか、背景事情が明らかではありません。普段の言動に問題があったのでしょうか。
けれども、もしそうであれば、Xの問題ある言動を具体的に記録しておくべきでした。あくまでも仮定の話ですが、Xがいわゆる問題社員だったのであれば、何が問題なのか、客観的な人事考課や具体的な問題行動の記録がなければならず、Yの労務管理に問題があったことになります。
労務管理上の問題としても、学ぶべき点のある事案です。
※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。
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