松下幸之助と『経営の技法』#245
10/17 世間から叱ってもらう
~ほめられてばかりでは、増長し、油断する。世間から注意し、叱ってもらう必要がある。~
何か間違ったことがあれば、会社もお得意先なり世間から厳しく叱ってもらわねばならない。今、仮に松下電器は、いい会社だといって世間からほめられているとしても、ほめられてばかりいたんでは知らず識らず増長したり油断したりしてしまうと思う。やはり、会社は常に世間から、いいところもあるがこういうところは悪いぞと、叱ってもらう必要がある。
今日も僕は30分間ほど、ある販売店さんと話をしていたのであるが、その時、その販売店さんから、松下電器の伝統の精神というものはどこまで徹底しているのか、最近はそういうことが1人ひとりの社員に行き届いていない場合があるのではないかというように、いわばご注意をいただいたのである。僕はそれを、かしこまってお聞きしたのであるが、このように、世間から松下電器がお叱りをいただけるということは、まことにありがたいと思う。販売店さんが、わざわざ僕に面会を申しこまれ、ご注意をしてくださる。そしてそれをかしこまってお聞きしていく、そういうところに我々の進歩があり、また安定した姿が保たれると思う。
(出典:『運命を生かす』~[改訂新版]松下幸之助 成功の金言365~/松下幸之助[著]/PHP研究所[編刊]/2018年9月)
1.ガバナンス(上の逆三角形)の問題
まず、ガバナンス上の問題を検討しましょう。
会社で起こりがちな危険の1つが、社会の常識と会社の常識がずれてしまうことです。
そのことが問題なのは、これまでも繰り返し検討してきたところです。すなわち、近時の数多くの品質偽装問題(食品、素材、製品等)に関し、マスコミや社会的な非難が厳しくなっており、中には経営危機に直面してしまった会社もあることを思い起こせば、会社は社会に受け入れられなければ事業継続できません。
このことを、投資家である株主の立場から見ると、経営者が社会に適合しないような経営をしてしまうと、投下した資本の回収ができないことになってしまうのです。したがって、経営者に対して与えるミッションは、単に手段を選ばず「儲ける」のではなく、社会に受け入れられるように会社を導きながら、すなわち「適切に」「儲ける」こと、と定義することが可能です。
この「適切に」には、もちろん、社会の最低限のルールを遵守する、という狭い意味でのコンプライアンス(但し、この用法でのコンプライアンスという意味は、正しいコンプライアンスの理解ではありません)だけでなく、会社が社会の一員であるために、社会に貢献すべき活動を積極的自主的に行うことも含まれます。後者には、CSR、企業の社会的責任、ノブリスオブリージュ、IR活動など、様々な名称の多様な活動が含まれます。
けれども、最も重要なことは、日常的な本来業務を通した社会貢献です。それは、資本主義経済では商品やサービスが社会的に有用と評価されたからこそ儲けられる、と考えられることから、本来のビジネスで儲けることそれ自体を、社会貢献の第1歩と評価できるからです。
つまり、「儲ける」こと自体が社会貢献であり、さらにそのプロセスなども含め、「儲ける」こと以上に社会貢献しなければならないのです。
この観点から見た場合、経営者自身が得意先や世間からの「お叱り」を大事にすることは、会社が社会と大きくズレてしまう前に、ズレを矯正する機会を得る、という意味で重要です。これは、特に会社が大きくなるほど、会社独自の価値観が生まれ、ときに会社内部の論理が大きくなりすぎることや、経営者個人も自身の成功体験によって、他の考え方を受け入れにくくなったり、自分自身の認識を改めにくくなったりすること、などから容易に理解できるでしょう。
この点は、10/1の#229等で、「実るほど首を垂れる稲穂かな」という言葉を何度も引用しているところから、松下幸之助氏が重視している経営哲学の1つです。会社の大きな方向性を決定し、リードする役割の経営者自身が、社会と会社の間のズレを早めに認識することが重要なのです。
2.内部統制(下の正三角形)の問題
次に、社長が率いる会社の内部の問題を考えましょう。
従業員も、得意先や世間からの「お叱り」を大事にすべき主な理由は、以下のとおりです。
1つ目は、実際にビジネスを動かしている従業員自身が、ズレを認識する必要性です。現場だからこそ、経営者よりもよりリアルにズレに気づく場面が多いはずですし、現場だからこそできるズレの矯正方法もあるはずだからです。
2つ目は、特に大きな会社になると、従業員が謙虚でなくなる可能性が高いからです。これは、会社が大きくなって、従業員に権限移譲する領域が大きくなるほど、会社と従業員のベクトルを合わせ、バラバラにならないようにする必要が大きくなり、求心力を高める必要が出てくることと関係があります。様々な方法がありますが、その1つは、従業員が会社に対して誇りを持ち、ロイヤリティーを高めることですが、このことが従業員に自信を抱かせるだけでなく、ときにそれが行き過ぎて、謙虚さの薄い人間にしてしまう危険があるのです。
これは、松下幸之助氏が9/18の#216で説いているように、会社が大きくなると、経営者が手を合わせて拝むように従業員に仕事を依頼しなければならない、と言っている経営手法によって増幅されてしまいます。
つまり、従業員をその気にさせて働かせつつ、得意先や世間に対して謙虚であるように意識して指導しなければならないのです。
3つ目は、自律的な改善です。
リスク管理の観点から見れば、PDCAサイクルであり、経営の観点から見れば、例えばQC活動、カイゼン活動、シックスシグマ等のように、業務内容や品質を、現場自身が見直し、自分たちで考え、改善していく活動です。もちろん、組織を良くしていくためには、経営からのリーダーシップも必要ですが、下から盛り上げていく活動も重要なのです。
4つ目は、会社の信頼性です。
得意先や世間からの問題提起を真摯に受け止める会社に対し、悪い評判は立ちません。それぞれの従業員が社会から信頼されるからこそ、そのような従業員たちの集合体である組織の信頼性も高くなります。多くの人が、自分と接触のある従業員や経営者の人柄を見て、会社の信頼性を評価するからです。
3.おわりに
さらに言えば、わざわざ忠告してくれたり、文句を言ってくれたりするのは、非常にありがたいことです。それは、例えばレストランで感じの悪い店員がいたとしても、多くの顧客は黙ってその店を出て、そのまま2度と訪れない行動を取りません。忠告や文句を言うことは、言う側も気分が良いものではないでしょうし(但し、例外的な人もいます)、そのために時間や手間もかかるからです。
その意味でも、忠告や文句を言ってくれる取引先や顧客は、誠実に対応することで、会社のファンになってくれる可能性が高い、と言えるでしょう。
どう思いますか?
※ 『経営の技法』の観点から、一日一言、日めくりカレンダーのように松下幸之助氏の言葉を読み解きながら、『法と経営学』を学びます。
冒頭の松下幸之助氏の言葉の引用は、①『運命を生かす』から忠実に引用して出典を明示すること、②引用以外の部分が質量共にこの記事の主要な要素であること、③芦原一郎が一切の文責を負うこと、を条件に了解いただきました。