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労働判例を読む#147

【アルバック販売事件】神戸地姫路支判H31.3.18労判1211.81

※ 司法試験考査委員(労働法)

 この事案は、会社Yが、大規模なリストラ(700名の希望退職)に合わせて、9名の従業員に対して行った退職勧奨に端を発しています。原告従業員Xは、東京勤務でした。
 Xは、退職勧奨を受けましたが、これを拒否したところ、YはXに自宅待機を命じました。その間、労働局のあっせんでXYは話し合いを続けていましたが、Yは管理職手当や通勤手当を支払わず、年末賞与も最低のE評価で支給しました。
 YはXに姫路への配転命令を出し、Xは転居して姫路営業所で勤務しました。
 Yは事業見直し・賃金制度見直しをおこない、本給・能力給・諸手当を廃止して、職能資格等級に基づく基本給に統合することとし、従業員説明会、メールや社内掲示板での告知、従業員代表との交渉、管理職者からの個別同意、等を経て、就業規則を変更しました。その結果、Xの給与は46万5800円から37万8000円となりました(19%減額)。
 Xは、①配転の無効(義務不存在の確認請求)、②賃金減額の無効(賃金差額の支払請求)、③自宅待機・配転命令による精神的苦痛等(損害賠償請求)、を争う訴訟を提起しました。
 Yは、Xの勤務態度に様々な問題があるとして解雇しました。
 そこでXは、④解雇無効を争う訴訟もしました。
 裁判所は、①配置転換等は無効でない、と判断しました。
 ②賃金賞与減額は、込み入っています。
 このうち、自宅待機中の損害ですが、管理職手当の一部の不払いは不合理と認定し、それ以外は有効と判断しました。
 次に、制度見直しの影響ですが、Xの個別同意がないことから、基本給の変更は認めないものの、賃金制度見直しは有効として、それに基づく減額は認めました(但し、自宅待機中の低評価による賞与減額は一部不合理としています)。
 ④は、無効として、労働契約が存在することを確認し、③も、不合理として、損害賠償を命じました。

1.①配転
 まず、判断枠組み(ルール)です。
 ここでは、有名な東亜ペイント事件最高裁判決(S61.7.14労判477.6)で示された判断枠組みがそのまま採用されました。概要は、権利濫用は無効である、とし、この権利濫用は、①業務上の必要性(高度の必要性ではなく、企業の合理的運営に寄与すれば十分)が無ければならず、②(これがあったとしても)不当な動機・目的であれば駄目、③(これがあったとしても)通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるときは駄目、という枠組みで判断する、というものです。
 次に、あてはめ(事実)です。
 ①Xの職歴に照らし、姫路支店の業務内容が合っている、等の理由でこれを肯定しました。②社内監修として姫路は左遷でなく、実際に姫路で仕事を与えた、等の理由でこれを否定しました。③妻の乳がん対応に支障が出るほどでない、等の理由でこれを否定しました。

2.②賃金減額
 賃金減額のうち、自宅待機中の賃金減額については、管理職手当は管理職であることで当然支払われるべきである、仮に残業代に相当するとしても、実際の残業時間と無関係に支払われるべきである、と判断し、他方、通勤手当は、実際に通勤していないので支払う必要がない、と判断しました。
 次に、制度見直しについては、労契法10条に規定された判断枠組み(ルール)がそのまま用いられています。すなわち、変更後の就業規則の周知、従業員の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況、その他、について、それぞれ詳細に事実認定を行い、賃金制度見直しを有効と判断しています。2/3の従業員について減額することになり、従業員の不利益の程度が大きいと裁判所も認めるものの、変更後の「職能資格等級制度」の合理性の高さもあり、総合的な判断の結果、有効とされたのです。
 けれども、管理職の資格と役職ごとの基本給だけは、管理職給与体系表が作られているものの、就業規則の一部とはされていないことから、個別の合意をしていないXについて、基本給部分の変更だけは適用されないこととなりました。その結果、基本給がどのように増減されるのか、という部分については、上記の制度見直しの結果、新しいルールが適用されるけれども、基本給の金額だけは従前のまま、という変わった状況になってしまったのです。
 Yが管理職給与体系表だけを就業規則に含まれないとした背景などはよく分かりません。X以外の全ての管理職から同意を得ているので、全従業員が見えないようにしたかったのでしょうか。
 さらに、この制度に基づく査定の有効性も問題になります。人事査定によって賞与金額が定まるからです。この部分は、権利濫用となるかどうか、が基準となります。
 この点、XにはE査定が続いていますが、それ自体については、インプットメモの誤記や作成ミス、顧客とのトラブルなどの問題が多かったことから、有効と評価されています。しかし、自宅待機期間が1/2から2/3となっていた年については、評価期間が限られていることなどから、E評価は不合理であり、C評価が相当である、と評価されました。
 なぜ、EでなければCなのか、理由は明らかでありませんが、異常値であることの証明がない以上、平均値と推定される、というような趣旨と考えれば良いでしょうか。

3.④解雇
 まず、判断枠組み(ルール)です。
 この事案では、解雇権濫用の法理(労契法16条)ではなく、Yの就業規則の「就労状況が著しく不良で就業に適さないと認められるとき」が、問題となる、といって検討を開始しています。
 そのうえで、これに該当するかどうかの判断枠組みとして、不良の程度が著しく劣悪であること、改善を促したのに改善が無いこと、会社業務全体にとって相当な支障となっていること、等を総合考慮するとしています。
 ところが、最後の部分では解雇権の濫用である、と締めくくっています。
 結局、就業規則の規定か解雇権濫用かは重要な問題ではなく、判断枠組みが重要であること、判断枠組みは一般的な解雇権濫用の場合と同様となっていること、判断枠組みは、従業員側・会社側の各事情にプロセス、という基本的な3つの要素から成り立っていること、が注目されます。
 次に、あてはめ(事実)です。
 この事案では、Xによる取引先とのトラブルなどについて、1つひとつ丁寧に検証し、不良の程度やYの損害について、これが著しいとするYの主張をそれぞれについて否定しています。
 さらに、プロセスも不十分であると認定しています。
 これらの認定によって、就業規則の規定に該当しないとし、解雇を無効としました。

4.③損害賠償
 このうち、最初は退職勧奨です。
 退職勧奨に関する判断枠組み(ルール)として、「退職に関する労働者の自由な意思形成を促す行為として許容される限度を逸脱」「労働者の退職についての自由な意思決定を困難にするもの」という判断枠組みを示しました。
 次に、あてはめ(事実)です。ここでは、1か月間に6回、Xの決意が固いのに繰り返されたこと、会社に残っても仕事がない等と繰り返し説明して不安にさせ、二者択一を迫ったこと、などがポイントとなります。退職勧奨が、合理的な範囲を超えたと評価される限界を見極めるうえで、参考になる評価です。
 次が、自宅待機です。
 ここでは、原則は自宅待機命令も有効だが、正当な理由がなければ裁量権の逸脱であって違法、というルールが示されています。
 そこで、Xを受け入れる態勢を整えるようなこともせずに自宅待機を続けた点(Xに製品の勉強をさせたり、ヒアリングをしたりしない)を指摘し、違法であったと評価しています。
 この2つの違法行為による損害として、Yに100万円の支払いが命じられました。

5.実務上のポイント
 リストラとして見た場合、会社の取った施策は、給与制度の変更など全体的には合理的だったのに対し、Xへの対応は、かなりの部分で問題があると評価されました。
 すなわち、希望退職と合わせて、会社から見て評価の悪い従業員に退職勧奨を行う、という方法は、会社に残る従業員のモチベーションなどを考慮すれば、経営的には合理性がある方法です。
 けれども、この場合、希望退職者と同様の好待遇で退職を勧めるわけにもいかない(希望退職者の不満など)ことから、退職勧奨を行う場合の条件設定に限界があります。
 ところがこのことを反対から見れば、退職勧奨をされる従業員には、希望退職者よりも悪い条件が示されたでしょうから、特に日頃から処遇に不満があったり、自分が退職勧奨の対象になるという自覚が無かったりする従業員は、相当不満を感じるでしょう。
 Xの不満の原因は明確でありませんが、事件の経緯を見ると、扱いにくい従業員であったことがうかがえます。そして、扱いにくいことから、成績不良であることや、業務遂行に問題があることの明確な指摘や改善すべきポイントの指導も、解雇無効の認定されているところよりもさらに以前から、不十分だったように思われます。
 このように、従前からコミュニケーションが十分でなかったことが、退職勧奨を受け入れるのではなく、退職勧奨に反発する要因の一つだったのではないでしょうか。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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