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労働判例を読む#604

今日の労働判例
【JR東海(年休)事件】(東京高判R6.2.28労判1311.5)

 この事案は、新幹線の乗務員Xらが、希望通り年休を取れないことが違法であるとして、JR東海Yを訴えた事案です。1審は、Xらの請求の一部を認めましたが、2審は、Xらの請求を否定しました。

1.時季変更権の最終行使日が予定日5日前である点
 1審は、諸事情を考慮し、会社側の時季変更権行使の必要性に対し、一定の理解をしめす一方で、勤務日5日前まで、全員が未確定な状況にあることを重視し、時季変更権の最終行使日が予定日5日前である点を違法としました。
 これに対して2審は、同じように諸事情を考慮しましたが、逆に、違法ではないとしました。
 会社側の事情(例えば、鉄道事業の公益性や、人材教育・確保の困難性など)をより重視しているから、という評価も可能でしょう。また、従業員側の不利益について、年休を使わなくても休日と指定される場合も含めれば、それなりに休日を取得していたこと、等を指摘し、従業員側の事情を重視しなかったから、という評価も可能でしょう。
 この事実認定・評価で、特に注目されるのは、統計的な数値の扱いです。
 Xらは、臨時列車が運行される頻度に関し、平均値(1日0.96本)を根拠に、人員手配が容易だった、という趣旨の主張をしていますが、裁判所は、平均値ではなく、振れ幅の大きさ(1日0本~80本)を根拠に、人員手配が容易でなかった、という趣旨の評価をしています。
 平均値と振れ幅のいずれもデータ分析に用いられますが、統計学的に、いずれが一般的に正しいのか、という問題ではなく、それぞれがどのような場合に適切なのか、という問題です。この事案では、時季変更権の行使によって安定的に新幹線を運行することが問題となっていますが、これはさらに整理すると、新幹線の運行の変動や、乗務員確保のムラをどのようにコントロールするのか、という問題であり、変動やムラが大きいほど、対応する必要性が大きくなり、この対応の必要性を把握するためには、平均値をとって振れ幅を均してしまうよりも、振れ幅をそのまま把握する方が適切です。
 数字を使った説明は一見説得的ですが、どのような統計的手法で分析するのが適切であるのか、分析対象と分析目的に応じて適切に選択・分析する必要のあることがわかります。

2.人員不足というXらの主張
 1審は、年休を希望通りに与えられるように人員を確保すべきなのにそれが不十分であった、という趣旨の判断を示しました。
 しかし2審は、事前に想定していた休日出勤の頻度よりも若干低い頻度だったことなどを指摘し、人員確保が不十分ではなかった、という趣旨の判断を示しました。
 ここでも、裁判所の示した根拠のうち、統計的な数値の取り扱いが注目されます。
 すなわち、確保した乗務員数の平均値が基準人員を下回っていた点や、年休取得日数の平均値が15日程度の年があった点を、Xらは問題にしていますが、裁判所は、運行列車数の変動なども考慮すれば、年休の取りやすさは確保した乗務員の人数だけで決まらないこと、等を根拠にしています。
 平均値も重要なデータではあるものの、それが絶対の基準ではない、という点は、上記1で指摘した点と共通する問題です。

3.実務上のポイント
 年休の取得に関する裁判例が、近時、数多く見られますが、本事案で1審と2審の判断が分かれたように、何が論点となるのか、どのように評価するのか、について少しずつ議論が深まっているようです。
 今後の動向が注目されます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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