労働判例を読む#202
【すみれ交通事件】横浜地裁R1.9.26判決(労判1222.104)
(2020.11.26初掲載)
この事案は、タクシー運転手Xらが、タクシー会社Yに対して、有給取得を妨害した、更新拒絶や復職拒否は無効だ、などと主張した事案です。裁判所は、いずれも否定しました。
ここでは、有給取得の妨害の問題を中心に検討しましょう。
1.有給のルール
Xらの請求にも、相当な理由があります。
というのも、Yの有給のルールが非常に曖昧だからです。
これは、給与体系や人事体系そのものにも関わってくるのですが、定年後再雇用者はアルバイトと同様の給与体系となり、社会保険料などもYが負担しないこととなっています。Yが社会保険料などを負担しない条件として、これを負担する無期契約者の勤務時間の3/4以下の勤務時間でなければならない、というルールがあり、Yもこれに従っている状況です。
具体的には、タクシーの運転者の勤務形態は、1回の勤務が2日に跨ります。そして、定年前の無期契約者の場合には、月間、11回~13回(12回~13回と説明されている部分もある)出勤するところから、定年後再雇用者の場合には、月間、8回の出勤になります。
ところが、定年後再雇用者も、月間、11回~13回の出勤シフトを組んでおり、一見すると、定年前の無期契約者と異ならない運用です。このように、8回以上の出勤が要求されている中で、有給休暇はおろか、本来の8回を超える部分まで働いているのですから、簡単に有給休暇が取れない、というXらの主張にも合理性があるのです。
これに対して裁判所は、他にも論点があります(例えば、有給を申請したのに欠勤扱いされたが、すぐに訂正された、勤務状況を示す書類に有給がゼロと表示されているが、これは法的な書類ではなく、有給が無いと正式に表明したものではない、など)が、有給制度については、概ね以下のように認定しました。少し分かりにくい表現なので、適宜要約しています(間違えて理解していたらごめんなさい)。
すなわち、出勤回数が8回を超える部分は、強制力もなく(出勤しなくても懲戒処分などの対象にならない、Xらが少しでも多くの収入を確保できるように、タクシー車両を確保しておける、という程度の意味のようです)、法的には出勤日ではない。他方、出勤回数が8回よりも少ない場合には、出勤日を下回るので、この場合には有給を使わなければ無給となってしまう。つまり、出勤回数が8回を超える場合には、有給を使わなくても給与が減額されない(もちろん、勤務実績に応じて決まる給与部分の収入は減ってしまう)が、8回を下回る場合には、有給を使うかどうか、Xらが判断すべき状況になる、という勤務形態・給与体系である、と認定されたのです。
そうすると、出勤回数が8回を下回るような場合でなければ有給は問題になりません。さらに、実際の運用状況を見てみると、出勤回数が8回を下回るような状況は極めて例外的な状況になる、と事実認定されています。
したがって、実際に有給を使うかどうかの判断をYがXらに求めないとしても、Xらそれぞれの出勤回数が8回を下回らない限り、有給の取得を妨害したことにならない、ということになるのです。
このように、出勤回数が8回を下回ったときだけ有給の問題が生じる、という独特な勤務形態・給与体系が前提になっているのに、そのことがよくわからない人事体系・給与体系ですが、有給取得を妨害するものではない、という認定がされました。有給取得の観点からみると、有給を取り損ねたように見えるが、実はそうではない、有給と言わなくても、そもそも有給ではないし、損失もない、という状況なのです。
2.実務上のポイント
曖昧なルールや運用をすると、だいたい、会社にとって不利な解釈がされます。この裁判例のように、曖昧なルールで雑な管理をしている会社のために、裁判所が有利な解釈をしてくれるというのは、普通考えられない状況です。
裁判所によるこのような特別な解釈がされた事情は、判決文に現れてきませんのでよくわかりませんが、以下のような事情が関係してくるのでしょうか。
1つ目は、Xらは、有給休暇等を言う以前のレベルで、シフト上十分自由が確保されていた。
2つ目は、併せて、処遇面でも、有給休暇の取得が問題になるようなギリギリの労務管理がされていなかった。
3つ目は、Yに、Xらを害する意図がなかった。あるいは、Xらを含むすべての従業員に平等に接していた。
4つ目は、Yは、それなりにXらの意見を聞く機会を保障してきた。
ざっと見ただけで、これだけの事情があって裁判所の特別な判断がされたように見受けられます。したがって、会社としては、有給取得のルールに関して会社に大幅な権限が認められた、と安易に考えるべきではない、と考えます。
※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。
※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!
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