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労働判例を読む#608

今日の労働判例
【医療法人社団A会(セクハラ)事件】(東京高判R 4.5.31労判1311.59)

 この事案は、病院Yの管理職者Xが、セクハラを理由に解雇された事案で、Xは解雇の無効を主張しましたが、裁判所はXの主張を否定しました。1審2審いずれも、同様の判断をしています。

1.態様
 裁判所は、Xによる12名の女性従業員に対するハラスメント行為を認定しました。
 そのうえで、度胸が必要だから、クラブのお立ち台で踊ったり、混浴の温泉に入ったりできなければならない、と発言したり、自分の性的体験を露骨な性的表現で話したり、不必要に手や背中、頬、頭などに触れたりしたことを特に重視し、これらの言動がセクハラに該当する、としました。
 しかも、それが常態化していた、と認定しています。しかも、Yはこれ以上のエピソードも指摘・主張していますが、裁判所は、このようなエピソードまで事実であることが確認されなくても、セクハラが常態化していたことは証明できる、という趣旨の判断をしています。
 身体的接触がある場合には、ハラスメントの悪質性が極めて大きいと評価される傾向がありますが、本事案もこれと同様の判断をした、と評価できそうです。

2.事実認定
 Xは、セクハラのエピソードの多くを否定しており、被害者である従業員たちの供述と相いれない供述をしています。Xの供述と被害者たちの供述のいずれも、その多くに裏付けとなる客観的な証拠がありませんから、いずれも信用できない、したがってセクハラは証明できない、という評価がされる可能性もありました。
 しかし裁判所は、従業員たちの供述の方が信用性が高く、さらにセクハラを認定できるとしたのです。
 それは、被害者たちの供述内容の具体性、合理性、供述の背景となる心情などの説明の合理性、等が認められる一方、Xの供述内容に合理性がない、ということが理由となっています。
 証拠の評価や事実認定の参考になります。

3.実務上のポイント
 XとYの議論の中で、YがXに注意したり指導したりしていない、放置・認容していた、という点も問題とされています。
 裁判所は、Xのセクハラなどを原因に退職した女性従業員たちの話を聞き、Xに指導したところ、Xが態度を改める趣旨の姿勢を示したため、しばらく注意や指導を控えていた、等という理由で、なんとかプロセスの合理性を認めています。
 けれども、本事案ではXのセクハラが常態化していた、という悪質性の大きい事案であったこともあって、プロセスの弱さがカバーされた、とみることも可能です。
 したがって、セクハラの通報を受けたり、セクハラの疑いを認識したとき、加害者にどのように接するべきか、という観点からこの裁判例を学ぶ場合、この程度のプロセスでよい、という評価をするのではなく、最低限、この程度のプロセスが必要、悪質性が小さければ、より慎重なプロセスが必要、という評価をすることが、実務上、重要です。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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