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労働判例を読む#605

今日の労働判例
【京王プラザホテル札幌事件】(札幌地判R5.12.22労判1311.26)

 この事案は、有名なホテルYの宿泊部部長であったXが、ハワイでの娘の結婚式に参加するために有休を取得しようとしたところ、その前日に有休の時期が変更されてしまい、結婚式に参加できなかったため、損害賠償を請求した事案です。
 裁判所は、Xの請求を否定しました。

1.時季変更権の行使の違法性
 ハワイ渡航と有給休暇の取得は、前年(令和元年)の10月にすでに上司に伝え、了承を得ており、他方、Yが時季変更権を行使して渡航禁止を命じたのは、出発の前日でした。しかも、娘の結婚式に参加できなくなったのですから、Xに多大な損害が生じたのは間違いないでしょう。
 けれども裁判所は、Yの時季変更権の行使を違法ではない、と判断しました。
 それは、当時のコロナ禍の世界的な状況によります。
 すなわち、北海道独自の緊急事態宣言が発令されており、実際に従業員にコロナ感染者が出た企業・施設の名前がメディアで公表され、アメリカ合衆国大統領が国家非常事態宣言を発表し、(時季変更権行使後だが)ハワイ州知事が10名以上でのイベントの自粛や観光者の退去を要請していた状況でした。
 さらに、Xは約150名の部下を従える管理職者であり、Xがハワイでコロナに感染してしまえば、Yは社会的な非難を受け、ただでさえ経営状況が悪かったのに、事業継続に影響を与えかねなかった、と評価しています。しかも、状況は急激に変化しており、時季変更権の行使がその前日になっても、やむを得ない、という趣旨の評価も示しています。
 これだけ異常な状況は頻繁に発生しないでしょうが、会社の経営に悪影響を与えることが、定性的な事情だけで認定されている点が注目されます。例えば、トラブルの発生確率や、見込まれる損害額などの定量的な事情に基づかずに悪影響を認定しているのです。
 しかも、Xの家族はコロナに感染せずに帰国しており、Xがコロナに感染した可能性も、心配するほど大きくなかったかもしれませんが、それでもYの判断を合理的としたのは、確率が小さくても、そのインパクトが非常に大きいことが重視されたようです。企業のリスクを把握する際、リスク現実化の可能性の大小と、現実化した場合の影響の大小の、2つの座標軸を用いる評価手法がありますが、ここでの裁判所の判断は、このような評価手法に合致するものと言えそうです。

2.有給取得目的の考慮
 次に注目されるのは、有給取得目的(ハワイ渡航)を考慮したYの判断を合理的とした点です。
 原則として、有給をどう使うかは従業員の自由であるはずですから、有給取得目的を考慮した時季変更権の行使は、原則として許されないはずです。実際、本判決も、最高裁判決(「弘前電報電話局事件」最二小判S62.7.10労判499.19)が、有給取得目的を考慮して有休を与えないことは許されない、と判断していることを引用しています。
 けれども、この最高裁判決の事案は、利用目的が事業に影響を与えない事案であるのに対し、本事案では有給取得目的(ハワイ渡航)が事業に影響を与えることが上記のとおり正面から認定されており、この最高裁判決と異なり、有給取得目的を考慮することが許されました。

3.実務上のポイント
 上記2で、本判決は、Xが自ら有給取得目的を明らかにしていた点も、判断の根拠としています。
 しかし、例えば有休取得の際に、コロナの影響の大きい国に渡航しないか、従業員に申告させる運用がされていた会社があるかもしれません。そのような場合には、本事案と異なり、時季変更権の行使や有給取得拒否が違法となるのでしょうか。
 本判決の射程範囲について、気になる点です。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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