労働判例を読む#513
※ 司法試験考査委員(労働法)
【国・広島中央労基署長(アイグランホールディングス)事件】(東京地判R4.4.13労判1289.52)
この事案は、会社Kでの経理部長Xが仕事を原因に精神障害を発病した(この点は特に争いがない)ものの、労災給付金について、労基署Yが、Xを管理監督者と評価し、残業時間に相当する分の時間を考慮せずに給付基礎日額を決定したため、給付金を少なく支給したとして、労災の支給決定の取消(≒再計算)を求めた事案です。
裁判所は、Xの請求を認めました。
1.判断枠組み
管理監督者(労基法41条2号)の判断枠組みについて、裁判所は、ここでの管理監督者は「経営者と一体的な立場」にある従業員である、と解釈したうえで、①「職務内容、責任及び権限」、②「労働時間や出退勤の裁量」、③「賃金等の待遇」の3つの判断枠組みで判断するとしました。
さらに、そもそもの「経営者と一体的な立場」については、❷「労務管理」に関するもので、❶「経営方針や経営上の決定」への関与は必須でない、との判断を示しました。
従前、裁判所が「経営者と一体的な立場」を重視する場合は、管理監督者の認定される場合が非常に狭くなる(ハードルが上がる)傾向がありました。すなわち、①~③がそれなりに認められる(例えば、担当する部下の数が多いとか、店舗を一つ任されているとか)だけでは足りず、会社経営のかじ取りに関わっていることまで必要、と言うことが多かったからです。明確に議論されてきたものではありませんが、裁判所が「経営者と一体的な立場」を重視する場合には、あたかも経営の一陣として会社経営に深く関与していなければ、管理監督者に該当しない、という傾向がみられるように思われます(例えば、【コナミスポーツクラブ事件】東京裁判H30.11.22労判1202.70、労働判例読本317頁)。
けれども、本事案の裁判所は、❶会社経営のかじ取りまで必須ではない、とし、❷「労務管理」に関するものだけで足りる、という趣旨の判断を示しました。
すなわち、❶これまでの厳しい判断の傾向を明確に否定して、経営の一陣として会社経営に深く関与していることまでは必要ない、としました。これまでの傾向に対しては、経営に関する権限と責任を負う取締役などの役員が、文字通りその権限と責任を果たしていれば、もはや従業員の立場にありながら管理監督者と認定されることなど、あり得ないのではないか、とすら言う人もいました。
しかし、労基法41条2号が管理監督者の存在を制度として認めているのですから、その適用可能性が否定されてしまうような解釈や運用は認められるべきではありません。このように、管理監督者の制度の存在意義を改めて確認する意味で、この判決は合理的でしょう。今後は、❶で示された方向性が、実際の判断枠組みやその運用・評価の中で、どのように具体化していくのか、が注目されます。
この観点から見ると、❷で、❶の方向性を具体化する1つの考え方が示された、と評価できます。
すなわち、❷「労務管理」に関して、「経営者と一体的な立場」に該当すれば、管理監督者に該当する、という考え方です。典型的には、人事を所管する部門の部門長(人事部長など)であり、しかもそれが経営にも関わる案件を日常的に担うような場合でしょう。
本事案に話を戻すと、経理部長であるXは、このような典型的な場合に該当しないため、詳細な検討と評価が必要となります。裁判所は、Xが役員会に出席していないだけでなく、その下位組織である経営会議にも2回程参加したにすぎないこと、部員の業務配分などは部下があれば発生する業務にすぎず、他方、Xには労務管理や人事考課の権限すらなく、「経営者に代わって労務管理の権限を分掌」していないこと、業務上の権限として与えられた権限も、仕分け業務だけであること、等を主な根拠として、「経営者と一体となって労働時間規制の枠を超えて活動することが要請」されていない、したがって管理監督者に該当しない、と結論付けました。
2.実務上のポイント
仮定の話ですが、ここでXが管理監督者に該当するためには、さらに何が必要でしょうか。2つ、考え方があるように思われます。
1つ目は、経理部長として、業務を配分するだけでなく、部員の労務管理や人事考課を行う権限と責任を与えることです。経理部の運営全般について、経営陣から任された、という形になるからです。実際、裁判所の示した、「労務管理」に関して「経営者と一体的な立場」にある、という基準に合致するように見えます。
けれども、最近の「経営者と一体的な立場」を重視する裁判例の中には、労務管理や人事考課を行う権限がある場合ですら管理監督者ではない、と判断したものがあります。例えば、上記コナミ事件では、支店の経営を任されている支店長であっても、管理監督者ではない、と判断しました。
この観点から翻って本判決の意味を考えた場合、名目上部長であるだけでなく、実際に労務管理や人事考課の権限まで与えられていれば、管理監督者に該当する(したがって、コナミ事件のような狭い判断はしない)、という方向が示された、と評価することも可能でしょう。これまでの厳しい方向性が否定された、という評価です。
しかし、コナミ事件と同様に「経営者と一体的な立場」という実態を重視していることから、そこまで大きな方向転換がされたと評価することは、難しいようにも思われます。
2つ目は、部門の管理に納まらない業務の権限と責任を与えることです。
本事案では、Yの上場のために、内部統制上の弱点とされた財務の権限濫用可能性を減らすために、財務と経理を分離させ、経理の独立性を確立させるために、経理の専門家であるXをヘッドハントしたのですが、Y内部で、実際には経理部がそこまで独立性を確保していませんでした。例えばXは、財務などを幅広く所管する管理本部長の部下、と位置付けられており、財務と経理が対等な関係にあるとは言いにくい状況でした。裁判所も、わざわざこのような経緯や状況を認定しているのですから、逆に言うと、この点が改善されていれば、Xも管理監督者と評価された可能性がある、と言えそうです。実際、財務部を牽制するような機能は、経営が果たすべき機能であり、もしXが経理部長としてこのような権限と責任を負うことになれば、「経営者と一体的な立場」にあると評価することもできそうです。
けれども、経理部門の独立性や、経理部長による牽制機能を正式な職務と位置付けるような職務権限の明確化が図られるとしても、それは「労務管理」に関するものではありません。「労務管理」に関する「経営者と一体的な立場」、という表現と一致しないように思われるのです。
このように見ると、❷によって何かヒントが与えられたようにも見えますが、ここで示した2つの考え方いずれもしっくりとはまらないことから考えると、❷の内容は依然として漠然としていますから、より検討が必要です。
本判決の内容をもう一度整理しましょう。
「経営者と一体的な立場」という言葉が重視されるとしても、❶その判断は従前より緩やかになり得る、❷具体的には、「労務管理」という一部業務に関するものである、とは言うものの、❶具体的な程度や、❷具体的な権限・責任は、未だに明確ではなく、今後の動向が注目される点となります。
※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。
※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!