労働判例を読む#176

「豊榮建設従業員事件」大津地裁彦根支部R1.11.29判決(労判1218.17)
(2020.8.7初掲載)

 この事案は、採石場の従業員Xが、会社Yの代表者と折り合いが合わずに解雇されたものの、その解雇が不当であるとやり取りしている間にYが解雇を撤回した事案です。Yが解雇を撤回したのちも、Xはうつ病等を理由に出社しませんでしたが、うつ病等はパワハラが原因であるとして、給与などの支払いを求めています。
 裁判所は、給与の支払請求を否定しましたが、その過程でのいくつかの行為について、Yの不法行為責任を認めました。

1.うつ病等の認定
 本判決は、うつ病等の診断(解雇の撤回前)が心療内科の医師によってなされているにもかかわらず、うつ病等の罹患を認めず、解雇撤回後に出社しないのはXの事情によるとして、給与などの支払い請求を否定しました。
 これは、一方で、ハラスメント行為がそれほど重大でなく、医師が一方当事者の話しか聞いていない点を指摘し、他方で、Xが代表者に物おじせずに自分の意見を言ったり、会話の様子を秘密録音して冷静に反論したり、訴訟期日に毎回出頭して代表者と顔を合わせても平然としていたり、という諸事情を指摘し、示した結論です。
 本来であれば、Yとしては、うつ病等を否定するような医学的意見書などを取得して提出すべきところですが、X側の医師の医学的所見と異なるX自身の言動が明らかな場合には、その言動から直接、X側の医師の医学的所見を否定する立証ができる場合があることが、示されたということになります。

2.ハラスメントの認定
 最近の裁判例では、ハラスメントとメンタルを区別し、指導教育などの理由でハラスメントの成立を否定しつつ、ケアが不十分であるとしてメンタルへの会社の責任を認める事案が見かけられます(たとえば、「ゆうちょ銀行(パワハラ自殺)事件」徳島地裁平30.7.9判決・労判1194.49)。
 けれども、本判決は、突然解雇を通知した部分について、不法行為責任を認めました。ハラスメントについても、代表者が短気で、実際にXに対して怒鳴っているとしても、行き過ぎを謝罪するなど、相応の配慮も見受けられる一方で、Xの側には、たとえば医師の診断書もなく(整体師の診断書のみ)で腰痛を主張し、ダンプの運転の業務などを外れつつ、ジムでトレーニングをし、他の従業員から不評を買うなど、両者の関係や言動について詳細な経緯を認定したうえで、ハラスメント自体を否定しています。

3.実務上のポイント
 ハラスメントの有無の認定の際、裁判所は、労基署の認定(代表者がXの人間性や人格を否定する発言をした、という認定)を否定しています。これは、労基署と裁判所では事実認定の構造やプロセスの違いから、当然発生しうることです。労基署の判断を裁判所が覆すことは、他にも時々見かけることです。
 労災事案で、労基署の認定が先行するスケジュールで動いていると、それに訴訟も影響されることを恐れ、労基署からのヒアリング要請を受けた従業員に対して、会社に都合の良い供述をしてくるように圧力をかける会社があるように聞きました。
 しかし、会社が変な圧力をかけたことが、後で問題になると、事態はもっとややこしくなりますし、ここでの裁判例のように、裁判所が適切に事実認定してくれることも期待できます。何よりも、従業員にはそれぞれの受け止め方の違いもありますから、そこを曲げようとせず、ありのままを労基署や裁判所に見てもらう、という発想が重要です。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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