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労働判例を読む#525

※ 元司法試験考査委員(労働法)

【社会福祉法人恩賜財団済生会事件】(山口地判R5.5.24労判1293.5)

 この事案は、病院Yが、パート法改正による同一労働同一賃金のルール明確化に対応し、合理的でない諸手当や給与体系を見直したところ、手取額が減少した従業員Xら9名が、ルール変更を無効と主張して争った事案です。裁判所は、ルール変更を有効とし、Xらの請求を全て棄却しました。

1.論点の設定
 ここでまず注目されるのが、有効性を判断するための論点の設定です。
 すなわち、就業規則の変更の有効性に関する労契法10条の検討に先立ち、「専ら人件費削減を目的とする」かどうか、が論点として設定され、検討されています。
 この「専ら人件費削減を目的とする」ことがなぜ論点として独立して検討されたのか、というと、これが認められれば、これだけでルール変更が無効となる(可能性がある)趣旨の判断が示されているからです。
 たしかにYは、一度立てた変更プランを、人件費が大きくなりすぎるという理由で再検討した経緯があり、人件費に制約がありました。
 しかし国家公務員でも廃止された手当を廃止したり、古い家族観を前提とした手当(家庭のある男性にだけ支給される手当など)を廃止したりして、他方、若手従業員のサポートを厚くするなど、諸手当や給与体系を改善する目的であった、と認定されました。
 実際に違法と判断されなかったうえに、他の裁判所でも同様の判断がされる保証もないので、「専ら人件費削減を目的とする」=無効、という図式が一般的なルールになるとは限りませんが、少なくとも制度改定の目的が重要な要素となることは間違いないでしょう。しかも、その目的は単なる建前ではなく、実際にそれが具体化されているかどうかが重要です(次の論点で極めて詳細に検討されています)。
 同一労働同一賃金のルールに合わせて改定する場合、それがただの口実であると言われないように、制度の合理性を慎重に検討する必要があります。

2.労契法10条
 2つ目の論点が労契法10条です。
 労契法10条は、判断枠組みが条文に明記されており、就業規則が周知されていることに加え、「労働者の受ける不利益の程度」「労働条件の変更の必要性」「変更後の就業規則の内容の相当性」「労働組合等との交渉の状況」「その他」を判断枠組みとして、合理性を判断します。この裁判例も、この判断枠組みに従って事実・証拠を整理しています。
 ここで特に注目されるのが、例えば「労働者の受ける不利益の程度」「変更後の就業規則の内容の相当性」に関し、廃止されたり追加されたりする手当の実際の金額や、人数、等が具体的な数字によって検証されている点です。ルール変更の影響は、観念的なものだけでは足りず、財務的・統計的な手法で具体的に検証されているのです。
 また、改正目的との関連性・合理性の検証も、古い制度のどこに問題があるのか、新しい制度がどのように目的に合致するのか、を具体的詳細に検証しています。例えば賃貸住宅の住宅手当の変更については、金額が減るグループ、増えるグループ、支給されないグループごとに、その合理性(特に、減額される場合にはそれが許容される範囲かどうか)を検証しています。
 特に最後の部分は、他のグループとの相対的な比較もされており、同一労働同一賃金のルールに配慮した検討がされています。

3.実務上のポイント
 同一労働同一賃金のルールは、厚労省のホームページでも詳細な検証アイテムが紹介され、詳細になってきている一方、これに反するルールを違法とする厳しい内容の裁判例が数多く出されており、会社経営上も非常に重要な問題です。
 本判決は、同一労働同一賃金に合致するかどうか、というパート法8条・9条の議論の他に、そのためのルール変更が適切だったかどうか、という労契法10条の論点を問題提起しています。
 このように聞くと、チェックするポイントが倍になって大変、と思うかもしれません。
 けれども、上記1・2に関し、実際に判決文を丁寧に読むと、同一労働同一賃金での判断、すなわち不平等が疑われる諸手当や制度に関し、個別に検討すること、その際、有期契約者と無期契約者の間に差を設ける目的と、実際の内容の合理性を検証すること、を、労契法10条の判断枠組みの中で実践していることがわかります。
 すなわち、ルール変更の場合には変更前のルールと変更後のルールの比較、という視点が必要となる点が異なりますが、その点も含めて、個別の制度ごとにその目的と内容の合理性を、詳細に検討している点は同じです。
 したがって、古い制度のどこが合理的でないのかをしっかりと説明できるように準備しておくことも必要ですが、新しい制度の合理性をしっかりと検討しておけば、両者に共通する重要なポイントを押さえることになります。
 同一労働同一賃金の観点から、古い給与制度を改めることは、法的なリスクを減らすことにもなりますが、やり方を間違えると逆に法的リスクを高めてしまいます。本判決は、どのように法的リスクを減らすのか、同一労働同一賃金のルールに合致させる機会に給与制度を刷新する際にどのような配慮が必要なのか、を考えるきっかけになります。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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