地団駄を踏みたい気分の友だちが(小説、読まんでいい)
「地団駄を踏みたい気分なんだけど」
ということで、地団駄を踏みたい気分の友だちとすっかり皆が寝静まった住宅街に繰り出す。
「地団駄日和だね。人っ子一人いないや」
友だちはズシズシ地団駄を踏み歩く。一体どんな日和だよ。
「そういえば、この辺りで今日から縁日だよね。ちょっと寄ってく?」
「こんな時間じゃもうやってないよ」
「まあまあ、それがやってるんだよ」
友だちは灯りの消えた提灯を辿って進み、あるはずのない季節外れの縁日へと繰り出し、そのうち広いお祭り通りへ。一帯は屋台が並んでこそいたが、やはりどこの店も看板だけでブルーシートをかけて完全に店じまいをしてしまっていた。
「やっぱりこんな時間にお祭りなんてやってないよ」
「まぁいいから」
と構わず閑散とした屋台通りを突き進む友だち。元々友だちの地団駄に付き合うためにきたわけで引き返す理由もないので、まあいいかと思う。
夜中の縁日は昼間の賑々しさが夜に吸い込まれたような、侘しい空気が漂う。縁日のこんな一面を覗いているのは私達だけなのだと謎の高揚感に包まれ、少しだけ足元が軽くなったような気分にもなる。
いつの間にか通りの入り口はずっと後ろの闇の中にあって、同じような道を歩き続けて、進んでいるのか戻っているのかも分からないような感じになってきた。
ぼやぼやとした街灯をひとつずつ追い越して行くと、そのうちに通りの中で一軒だけ、仄かに明かりを放つ店が見えてくる。
「あれっ、本当にやってるお店がある」と友だち。
「本当だったんだね、適当言ってるものだと思ってたよ」
「そんなわけないじゃない、なに真に受けてんの」
貴様が言ったんじゃない。
そして本当にそんなことあったじゃない。
屋台の中には白いタオルを額に巻き人形焼をひたすら作り続けているおっさんがいた。10個600円。
「せっかくだし買ってみる?」
「正直怪しさは拭えないけどそうしようか」
不気味さや胡散臭さはさておき、夜中に地団駄が踏みたくなった友だちが偶然起こした一夜の奇跡のような気もしなくはないので、購入してみることに。
「10個頂けますか?」
おっさんはたこ焼きをひっくり返すときの棒みたいなやつで、ひょいっひょいっひょいっと鉄板の型からウサギやら蛙やらを外して、器用に袋に放り込まれていく人形焼たち。
おっさんに渡された袋を手に取ると、誰もがいつか嗅いだことがあるようなホットケーキやらワッフルやらの甘い匂いが立ち上がった。友だちは嬉しそうに地団駄を踏んだ。友だちが、
「どうしてこんな時間までやってるんですか?」
と聞いて、おっさんはきょとんとした。
そして何かに気づいたような顔をしたあと、不二雄の漫画みたいに豊かな表情筋で、あちゃー!!という顔をしてみせた。
「え、何かありました??」
「いやーーーーーーーーーー!!うわーーー!あちゃーーー!!!」
と、忙しそうに額やら頬やらのシワを延び縮みさせるおっさん。そして不安になるわたしたち。
「いやいや!なんてことないよ!!!!まぁいいさ!君たちも、夜も遅いんだしとにかく早く帰った方がいいんじゃない?」
「いや、気になりますよ」
「いいんだそちらの存ずることじゃない。せっかくの人形焼だって冷えちまうし、さっさと帰りな。本当に気にしなくていいから!」
「気にしないでって言われなかったら気になりませんでしたよ」
「さっき気になるって言ったじゃない、ああ言えばこう言う奴め」
なんだかよく分からないがおっさんはどえらく焦っている。もしや、何かの合言葉を口にして、たった今機密のやり取りを終えてしまったのか。
さっさと帰れと言われても、気になってこの場を離れられずにおっさんと押し問答していると、遠くから大太鼓やら鉦やらの音がだんだんと近づいてくるのが聞こえてきた。
「あちゃーーもう来ちまったよ!こうなったからには仕方ない。小僧たちも一緒に着いてくるしかないよ」
どういうことです、と聞こうとした瞬間、
ドッッッッッッッ!!!!!!!!
と音圧が鼓膜に押し寄せ、
じんわり涼しかった住宅街を熱風が包み、
てんやわんやと神輿やら神楽やらがやってきて私達はいつの間にかその一員になっていた。
「ここは人が来る場所じゃないんだ!こうなったからにはもうどうしようもないからね、夜が明けるまで帰らせてくれないよ!」
と囃子の波に呑まれながら声を張るおっさん。
なんだか千と千尋の序盤的な展開になってきた。
私達も踊らされるままに手や足を動かし、
言葉の赴くままに唄に合いの手を挟む。
人波に押されるままに体や声が赴くので、私たちにこの状況の説明がつかないことは枝葉末節だった。
それよりも、なんだかとにかく楽しくて仕方なくなってくる。
通りの入口はどんどんどんどん闇の向こうに行ってしまうのだけど、囃子の行列は構わず進んでいくので私たちも進むほかない。友だちの地団駄がいい具合の低音のリズムを刻んでいた。友だちが楽しそうなので、
「どうする?」と尋ねると、
「どうもこうもないよ、こうなったらもう楽しむほかないし、むしろ地団駄を踏む元気が有り余ってきちゃった。」
友だちもそういうことなので、私たちはしばらく踊り続けることに。連綿と流れる時間に、友だちの地団駄が一層響き渡っていた。