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菓子まき
愛知県のわたしの住む地域では、結婚式に菓子をまく風習があった。菓子まきだ。
花嫁さんが生家を出発された後、もしくは、花嫁さんが嫁ぎ先に到着された後、つまり花嫁さんのお披露目が終わった後に、菓子まきが始まる。ご近所さんへ感謝の気持ちを込めて、親族が屋根などから菓子をまくのだ。
菓子はスナック菓子が多く、あられ、おせんべいなどもあった。軽くて、かさばり、当たっても、あまり痛くないもの。
子どものころは、花嫁さんに会えることより、菓子まきが楽しみだった。小さな子どもは最前列に並んで、投げ役に手を振ると、優先してお菓子を投げてもらえるのだ。抱えられないほどのお菓子を手にできる、夢のような機会だった。友達や妹たちと、何度も参加した。
わたしが小学5年生だったある日。
小学1年と3年の妹ふたりを連れて、近所の菓子まきに参加した。
わたしはもう小さい子ではなかったから、1番後ろにいて、たまに飛んでくるお菓子を拾った。菓子まきが終わるころ、3袋を手にいれて、まぁまぁだねと思っていたら、突然、泣き声がきこえてきた。
あの声は末の妹。慌ててかけよると、やっぱりそうだった。珍しくお菓子をひとつも持っていない。お菓子が取れなかったから泣いているのかと思って、なぐさめていたら、近所では見かけないおばあさんが、話しかけてきた。
「あれ、あれ、泣いとるの?お菓子、あげるから、泣かんといてね。」
まだ泣き止まない妹の代わりに、お礼をいって、妹にお菓子を渡そうとしたら、妹はますます大きな声で泣き出した。そして、
「さっきの、さっきの、おばあちゃんに、手、ふまれて、おかし、おっことしたら、ぜんぶ、もっていかれちゃったぁ!」
えっ!それはひどい!
謝ってもらおうと、さっきのおばあさんを探したが、もう帰ってしまったのだろう。見つけられなかった。菓子まきのうわさを聞きつけて、わざわざ遠くから来る人もいたのだ。
手慣れた人は、腰回りに巻いたエプロンなどにどんどんお菓子を集めていく。中には強引な人もいて、ときに、突き飛ばされもする。
大泣きしている妹の手は赤く、擦り傷がある。すぐ下の妹となんとかなだめて、うちに連れて帰った。手を洗い、消毒もして、妹はようやく泣き止んだ。そうしたら、今度は怒りがわいてきたみたいだ。
「あのおばあちゃん、ゆるせん!こんなおかし、いらんよ。こなごなだもん。」
踏まれていないわたしのお菓子と交換して、なんとか機嫌がなおった妹。次は、手を踏まれないように、お菓子を取ると意気込んでいた。こうやって、鍛えられていくのだなぁ。みんな通る道だけど、末の妹はよりたくましく感じる。
「あんまり取れんけど、一番後ろは安全だよ。おかしもふまれんし。」
一応わたしは、そう言った。でも、妹は最前列でがんばるらしい。
それから。
末の妹も手を踏まれたと泣かなくなった。しかも、にこにこと抱えきれないほどのお菓子を持ち帰るようにもなったのだった。
⭐︎菓子まきその後⭐︎
菓子まきの風習は、わたしの周りでは1990年代になくなり、菓子配りに形が変わったようです。そうして、結婚するときには、一抱えもあるお菓子(大小10個ほどの菓子が入っている袋)を、ご近所一軒一軒に配るようになりました。わたしも、23年ほど前に、挨拶しながら、母と配り歩きました。
わたしは、菓子まきの投げ役にずっと憧れていましたが、結局出来ませんでした。18才のとき、親戚の結婚式があったのですが、母の着物を着せてもらったので、屋根に上がれなかったのです。そういうことなら、わたし、着物は決して着なかったのに。
けれど、それは、子どもか男性の役割だったから、やっぱりわたしにはできなかったかもしれません。妹たちは菓子まきの投げ役を、きちんと務めていました。やりたかったなぁと、今でもうらやましく思います。
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