創作A
僕の記憶にあるその人は、いつも突然現れた。
何日か前に会うことを知らされ、当日1日を過ごすとその人は去って行く。
最初の記憶は思い出せないぐらい古いんだと思う。
「物心つく」なんて言葉があるけど、そんな認識もなく記憶というのはフェイドインしてくるものだ。そういうわけではっきりとした記憶のはじまりはない。
僕には、その人が本当は誰なのか分かっている。でも確実なことではない。
事実と言うのは仮説とは違う。僕が持っているのは確証ではなく、仮説に過ぎない。でも僕の中ではっきりと、事実だという直感がある。
僕はそれを知らないことになっている。正確に言うと、今は知らないふりをしておいた方がいい。そんな気がするんだ。それも不確かな直感に過ぎないのだけれど。
どこが?と問われるとはっきりとは分からないけど、僕はその人が好きだ。
その人も男だから、好きだと言うのはなんとなく変だけど、心のどこかで暖かく感じるものがある。懐かしいというか、よく見知っているような感覚。
初めて会った人や、初めて行った場所になぜか親近感を覚えることがあるけど、それに近い感くだ。
その人は会うといつも照れ臭そうに、そして嬉しそうに僕を眺める。思春期に入った僕も照れ臭いし、めんどくさそうにするのがクールだと思う年頃だから、感情を表には出さないように努める。でもめんどくさいなんて思わない。
なぜって、その人といると僕は自由にやりたいことをできるから。何かしたいことがあれば僕はそれをリクエストするし、無かったら無かったでその人の挙げる選択肢の中から僕が選ぶ。今思い返すと、主に体を動かすようなことが多かったと思う。自転車に乗ったり、バドミントンをしたり、ボルダリングにマウンテンバイクにジェットコースター。ジェットコースターは体動かすと言うより、動かされるんだけど。
中学に入って、少し経ったあたりから僕は自分の気持ちや考えが、よく分からなくなってきた。中学に入る前はよく分かっていたのかと言うと、そう言うわけでもないんだけど。なんというか、思ったことをうまく口から出せなくなってきたんだ。
こんなことってあるのか?僕だけなのかな?
子供の頃は、といって今も大人では無いんだけど、心に起こった衝動と行動がほぼ一致していた。何かを思った時にはその言葉が口から出ていたし、何か良いものを見つけた時にはもう走り出していた。
それが今はどうだろう、思ったことと行動の間にもうひとつ何かがあるんだ。
僕にはまだその何かが掴めずにいる。なんともやりにくい。自分が自分でないような。。これが大人になるってことなのかな。