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新任指導主事が直面する「リアリティショック」(後編)

 2回にわたって新任の指導主事が直面する「リアリティショック」とその原因について書いてきた。

 だが、指導主事の業務には様々な困難がある一方で「やりがい」も大きい。今回は指導主事のそうした一面についても書いておきたい。

 ・・・新任の指導主事が戸惑う最大の要因は、
「目の前に子どもがいないこと」
 ではないだろうか。

 これまで教員として、直接に子どもたちの反応を見たり感じたりしながら仕事をしてきた者にとって、この違いは大きい。「誰のため」「何のため」に仕事をしているのかが実感できず、モチベーションが上がらないのだ。

 私が以前に勤めていた教育委員会の事務所は、公立の小学校と隣接していた。例年、5月ごろになると、新任の指導主事が事務所の窓から校庭で遊んでいる子どもたちの様子を眺め、ボーッとしている姿をよく見かけたものだ。その新任指導主事たちが何を考えていたのかは、だいたい想像できる。

 けれども、指導主事としてパソコンで作成した文書に載っている、一見すると「誰のため」「何のため」にやっているのかが不明なことも、実は子どもたちの学びの充実や、安心・安全などのために役立っているものなのだ。

 それに気づくことができたら、仕事に対するモチベーションも変わってくることだろう。


 また、新任の指導主事に向かって、
「教育委員会でどんなことをやりたい?」
 と尋ねると、異口同音に、
「学校のためになることをやりたいです」
 という答えが返ってくるものだ。

 ここで言う「学校」とは、子どもたちや教職員のことだろう。

 しかし、そのために必要なのは予算である。役所で何かをするためには、その予算を獲得することが必要なのだ。現在の取組を維持していくためにも、新しいことを始めるためにも予算がいる。

 所属する部署によっては、指導主事が予算の獲得に直接関わる場合もある。予算を獲得するためには、教育委員会内部で合意形成をしたうえで、役所の政策部門や財政部門を説得することも必要になる。

 さらには、市民の代表である議員の理解を得て、議会の承認を受けなければならない。そして、ようやく予算がついて事業を始めた後には、それによって一定の成果があったことを数値等を用いて説明する必要があるのだ。

 こうした過程で必要になるのは、説明をするためのエビデンスである。急に教育委員会から学校に対して、
「◯◯の利用状況」
「◯◯の実施日数」
 などについての調査があり、回答を求められることがあると思うが、その理由の一つがこれなのだ。

 こうした折衝や書類の作成に追われているうちに、具体的な子どもたちや教職員の姿は見えにくくなっていく。だが、やはりその仕事は子どもたちや教職員のためになっているのだ。それも1校だけではなく、何十校、何百校の子どもたちや教職員のために。

 ・・・今から10年ほど前のことだ。私が情報教育を所管する部署で指導主事を務めていたとき、各学校に40台ずつのタブレット端末を配当する事業に取り組んだことがあった。

 まだGIGAスクール構想がスタートする数年前のことで、「1人1台端末」など、私が勤める自治体では夢のまた夢だった。40台のタブレット端末を配当することにさえ、
「パソコンやデジカメがあれば十分ではないか」
「配当したところで、どうせ使われないまま終わってしまうんだろう」
 という懐疑的な声のほうが多かった。

 それでも、私を含めた情報教育の担当者たちが粘り強く説得や交渉を重ねた結果、どうにか全市立学校へ40台ずつのタブレット端末を配当することができたのだった。

 ・・・それから半年ほど経ったころ、休日出勤の代休日に家の近所を歩いていると、公園に小学校の低学年だと思われる子どもたちがいた。どうやら、生活科の授業で公園のなかの自然を観察に来ているようだ。

 その子どもたちが手に持っていたのは、私が配当に関わったタブレット端末だった。

「これも撮っとこう」
「動画のほうがいいよ」

 そんな子どもたちの声を聞きながら、
(これがテレビドラマのワンシーンだったら、Superflyが唄う主題歌が流れるところだな)
 と思ったものだ。


 今年、新任の指導主事になった人たちの多くは、昨年度までそれぞれの勤務校で「エース」や「4番バッター」を務めていたことだろう。それが「ルーキー」として慣れない仕事に取り組むとなれば、戸惑いもあるだろうし自己肯定感も下がっているに違いない。

 しかし、その仕事は間違いなく「やりがい」のあるものだ。また、指導主事として業務に取り組む経験や、学校教育を教員時代とは異なる角度から見つめていくことは、将来にかならず役立つだろう。私自身も校長を務めることになった際に、指導主事時代の経験や人脈によって助けられたものだ。

 ・・・ただし、
「それでは、また指導主事になりたいと思いますか?」
 と訊かれたら、その答えには迷うところだが。

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