「六分間ルーヴル」と「ドラマや映画の倍速視聴」
先日の記事で、アメリカのエッセイストであるアート・バックウォルドのコラムを集めた『だれがコロンブスを発見したか』(永井淳訳、文藝春秋、1980年)という本のことを紹介した。
この本には、表題作を含めて著者の代表的なコラムが95篇収められている。その一つが『六分間ルーヴル』だ。
この『六分間ルーヴル』では、「ミロのヴィーナス」や「モナ・リザ」などで知られるフランスのルーヴル美術館が舞台となっている。ルーヴル美術館といえば、世界中の美術愛好家にとって聖地のような存在だろう。
だが、著者が描く架空の世界では、人々の関心が「いかに速くルーヴル美術館を回るか」ということに集まっており、誰が当時の世界記録である「6分12秒」を破るのかが注目の的となっているのだ。
このエッセイのなかでは、一人のアメリカ人が「6分の壁」に挑む模様と、その後の顛末が描かれている。
・・・当時の「東西冷戦」の状況を背景に、国威発揚の場と化していたオリンピックへの批判として読むこともできるだろう。また、時間内にあらゆる内容を詰め込んだ「パック旅行」を揶揄しているとも受け取れる。
いずれにしても、人間が本来の目的を見失って行動することの愚かさに対する皮肉が込められていることは間違いないだろう。
2024年の日本で生活する者として読み返してみると、どうしても「ドラマや映画の倍速視聴」のことを連想してしまう。
この記事によれば、約50%の人がドラマや映画を倍速で視聴しているのだという。
すでに、講義や講演、説明などの動画を倍速で視聴することは一般的だろう。とりあえず倍速で視聴し、「わからなかったところ」や「もう一度見たいところ」を改めて再生したほうが合理的なことは間違いない。
ドラマや映画にしても、ストーリーを理解するだけならば倍速視聴でも十分なのかもしれない。しかし、「台詞の言い回し」や「間(ま)」などを倍速で感じとることは難しいだろう。
黒澤明監督の『椿三十郎』(1962年)のクライマックスは、三船敏郎が演じる三十郎と仲代達矢が演じる敵役の室戸が、互いに刀へ手をかけて対峙をするシーンだ。
勝負は一瞬で決してしまうのだが、それまでの睨み合いは20秒以上も続く。世界の映画史に残る名場面だともいわれている。
・・・こういうシーンまで倍速で視聴するのであれば、それはルーヴル美術館を最速で回ろうとするのと五十歩百歩だろうと思う。