弱い者たちが夕暮れ、更に弱い者を叩く、その音が響き渡れば、ブルースは加速して行く
普段自分がTwitterXでこんなツイートをしているが、フォローフォロワーを0に維持してるのであまり見られないのは覚悟の上でやってること。
重要なのは「誰が話しているか、ではなく何の話をしているか」、であり自分が嫌なのは何の話かより、誰が話しているかで賛同意識を持つこと。だからこそマスク強要やワクチン接種による強制的な圧力が行われてきた。
自分の決める物事、人生ぐらい自分で決める。たとえその判断が間違っていたとしても、自分を信じて決めた判断ならそれによる責任は自分自身が背負うし、誰かのせい、責任転嫁などしない。
Twitterのような、数字のカースト制度によって世論形成されるような現実などつまらない、そんなものに参加する気はない。
ミーハー意識や人気だけでアメーバの一部になり敵対者を叩く行為などしたくない。数字によるマウント、有名人気取りも好かない。
そして、この集団意識に従えと、参加しろと、何者かを崇拝しろとする集団の言葉に従うこともない、そんなチンパンジーのような獣の群れの中に属したいとも思わない。
その群れの中に属する獣が何を言おうが自分はそんな程度の者になど絶対に従わないし屈することはない。左右の獣に従い拝む行為が獣の群れに参加すること。
弱い者たちが夕暮れ、更に弱い者を叩く、その音が響き渡れば、ブルースは加速して行く、見えない自由がほしくて、見えない銃を撃ちまくる、本当の声を聞かせておくれよ
自分の言葉はブルース、弱い者を叩く音が響き渡れば、この心の本当の声、トレインは加速して行く
誰が話してるかじゃない、何の話をしてるか
心に振動があるか、愛はあるのか、優しさと許し、夢や希望はあるか、そこに正義、義はあるのか。
弱いものになど立ち向かわない、強いものに立ち向かう。だから俺は差別主義や傲慢な支配になど従わないし、逆らい続ける。
この世界でたった1人になっても、このブルースは止まることはない。