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物流業者が観た映画『ラストマイル』【物流=血液は止まらない】

映画『ラストマイル』を鑑賞してまいりました。
脚本の野木亜紀子さん、スタッフの皆様、
ありがとうございました。無事ぶっ刺さりました。

とんでもない濃いスープの味がいつまでも口の中に残っている、
そんな感覚のまま眠りにつきました。
しかし起きてもまだ言葉を吐き出したい衝動に駆られましたので
ここで雑に書き散らしたいと思います。

また、私は運輸業界の端くれで働いている者でもありますので
その視点でも色々と思うことがある作品でした。
それについても少し書かせて頂こうと思います。

まず観に行った理由。

邦画もドラマもさほど好かない私ですが、
脚本の野木亜紀子さん及び今回のスタッフの皆様が手掛けた
『アンナチュラル』『MIU404』は大変にハマってしまい、
5回も6回も観るほどお気に入りの作品でした。

それもあり、また物流業に身を置く人間としても
今回の作品は絶対に見なければ、と思い
ネタバレを踏む前にと急いで観に行ってまいりました。

今作の登場人物は『普通の人々』=『私たち』?

蓋を開けてみて思ったことは、
『これは私たち、普通の人間の物語だ』ということでした。

『アンナチュラル』は医者、『未来のための学問』法医学のスペシャリストである解剖医達が、遺された人のために死者の謎を暴く物語。
『MIU404』は警察官、事件の初動捜査を担う機動捜査員たちが、誰かの未来が手遅れになる前に助けようとする物語。

それぞれが特別な立ち位置で繰り広げられてきた物語は、そのお仕事が実在するにせよ、視聴する私にとって『すごい人たちの物語』でした。

ですが今回スポットがあたるのは、大企業とはいえ『普通の会社員』や、
『宅配ドライバー』など、いたって普通の働く人々。
自分の生活のために仕事を日々こなす、普通の人々です。

私などは運輸業に身を置いているため、より身近に親近感ある職業の人々が
名前のあるなし問わず、数多く登場しました。
仕事で運輸に携わることがなかろうと、
現代人であれば羊急便の配送シーンは
生活感ある、身近な情景に感じられたのではないでしょうか。

そしてまさに、私たちの日常に地続きの現実として、
今回の物語は描かれているように思えました。

描かれる物流業界のリアルな現実

欲しいものがお金を払えばなんでも、どこでも手に入るこの時代。
そんな便利な生活を支えているのが、まさに『ラストマイル』を支えるサービス事業の従事者たちです。

『ラストマイル』とは、商品が顧客に届くまでの最後の区間のこと。
つまり、まさに今回の映画で描かれる「物流倉庫からお客さんの手に渡るまでの区間」ですね。

物流業は、何も作らずサービスだけを提供するお仕事。
2方向にお客様――『製品を作るお客様』『製品を購入するお客様』とが
いないと成り立たない商売です。

そして、どちらにも要望を満たしたサービスを提供しなければならず、
何も作らないゆえに「替えがいくらでもきく」と言われる。
作中で阿部サダヲさん演じる羊急便のヤギ所長が体現していた通り、
すごく立場の弱いお仕事です。

まさにここ20年前後は、宅急便の普及によりサービスの質――配達スピード、正確さ、安全さ、なにより低価格!が求められ尽くしてきました。

結果、景気のよかった時代から比べてドライバーの労働環境は悪くなる一方。

近年はそれを改善しようという動きも少しずつありますが、職業イメージは相変わらず良くありません。

まさに作中の配達ドライバー親子の会話にはそれが現れており、一部聞いていて辛く感じる部分もありました。

『誰も親父のこと大事にしてないよ!』

この台詞は突き刺さりました。
高齢で経験豊富なドライバーは、物流の酸いも甘いも見てきた人々です。
逆に息子さんのような新参のドライバーは、物流業が「きつい仕事」「昔より稼げない仕事」と悪いイメージに染まっています。

現代の物流業に落ちる暗いイメージが、雨の中で2人、車中で食事をするシーンに描かれていると感じました。

余談ですが、羊という生き物は『捨てる部分のない家畜』と言われます。
温厚で意外と賢く、人間にとても従順で、乳も毛皮も皮も肉も有用。

配送センターに集まるたくさんのトラックが羊のマークなのは可愛い反面、
仕事に従事するドライバーたちのシンボルが羊なのは、象徴的ですね。

加速し続ける『2.7km/s』

作中に登場する、飛び降り自殺を図ったデイリーファスト社員、
山崎がロッカーに書いたフレーズ『2.7km/s→〇(70㎏)』。

自動化されたベルトコンベアの速度。
ひいては、止まらない倉庫の物流システム、
効率と成果を追い求めるデイリーファスト社、
そしてそれを容認し加速しつづける社会の流れ、それ自体の象徴か。

ぐるぐると描かれた矢印の先の〇は、そのストップを表す『ゼロ』か。
それとも、何をしても動き続けることを表す『円』か。

ゼロと読むのであれば、そのゼロは山崎の選んだ結末にも重なって見えてきます。

書いた山崎はもう何も語れず、絶望して書いたその字だけが残されて、
ただその文字を誰も消すなと、職員に語り継がれています。

それを見る職員の背に圧し掛かる重圧が大きくなるほど、
ロッカーの文字は警告のように、あるいは呪いのように見えたのではないでしょうか。

物語の最後に文字を見るセンター長となった梨本孔の表情は、
責任が軽かったこれまでとは文字から読み取る意味が変わって見える、
そんな風に見えました。

山崎が70㎏の命を賭して止めたコンベアは、すぐに別の職員によって動かされてしまった。

山崎の傷から溢れる血液と、動き出すコンベア。
物流やトラックは、しばしば『国の血液』と例えられます。
そんな比喩がスクリーンを眺めながら頭をよぎりました。

社会を動かすシステムを一人で止めたり変えたりすることの難しさ。
人間一人の意志や力のちっぽけさ。
ひどく無常を感じました。

自分にも世界にも贖わせることを選んだ筧まりかの覚悟

『一番知りたかった答えはロッカーの中にあったのに』
真相を知ったエリカが叫ぶ悲痛な台詞は、私の理解力ではかみ砕くのに時間がかかりました。

筧まりかが知りたかった答え。
それは恋人の山﨑が飛び降りた理由が、自分にあるのか、仕事にあるのか。

他者からお前のせいだと追い詰められた筧まりかは、会社のせいだと声を上げることもできず、自分のせいだという可能性も捨てきれず、精神をすり減らしていくことになりました。

その結果として、自分も贖い、世界にも贖わせることを選んでしまった。

山崎の残したメッセージを筧まりかが知っていれば、
筧まりかは炎の中で死ぬ覚悟を決めなくて済んだかもしれなかったのに。

筧まりかが雪の中でエリカを見つめた目が、
そして暗い部屋で一人火をつけようとする目が、あまりに印象的で忘れられそうにありません。

止まらない血流、その中で何ができるのか。

この物語は、誰が悪いかを見つける物語ではないと思っています。
当然爆弾を仕掛けた犯人、筧まりかは犯人ですが、
追い詰められたまりかと山﨑は被害者でもあります。

追い詰めたのは、会社、顧客、物流システム、
利便性と利益を追求する社会そのものかもしれません。

ではそれをただ止めればいいのか?
もちろんそういう話でもありません。
多くの人々が生活の為に働いていて、
仕事を止めてしまえば生きていくことは出来ません。

主人公、舟渡エリカは職(命)を懸けて、全責任を負い
自身の権限において止められる物流をストップしました。

羊急便にもストを波及させ、他大手運送会社にも結託させ、
デイリーファスト社が、値上げを呑まざるを得ない状況を作りました。
(一晩でどんな仕事してんだお前は)

素晴らしいですね。私が羊急便の職員か、その下請け会社の人間であれば、大喜びで万歳しているでしょう。

大手運輸会社が結託して値上げを促す。
今の物流業界で最も求められている、理想的な展開です。
なかなかできません。『運送会社なんていくらでも替えがきく』
『より安いとこにやらせればいい』
こういう意識が日本の企業体質です。

運送業界は大手の下で中小企業が仕事をもらう下請け構造が根強く、
下請けになる中小は常に安い運賃に悲鳴を上げています。

『俺たちだって本当は仕事してえんだよ!』
ストライキするドライバー達の言葉。
当然です。働かなければ稼げないし生きていけない。
彼らも命を賭して仕事を一時放棄して、
成就するかわからない賭けに身を投じたのです。

歯車の連鎖は止めることは出来ない。
その中で歯車でいながら、何ができるのか。

そして、限界がきて飛ぶ前に、爆弾を作る前に逃げろ。
それも大きなメッセージだと思います。

この映画がエンターテイメントとして何度も繰り返し観たい面白さがつまっているか、といえばそうではないかもしれません。

でも、日本で働く人々に、生きる人たちに、1度でいいから見てもらいたい。そう思える映画でした。

【追記】物流業界で働くものとして。

一点、どうしても書き加えたいことがあったので書き足しております。

それは、まさにこの映画で描かれた物流業、運輸業について。

X(Twitter)にて、こんな言葉を目にしました。
『やっぱ物流業界って闇が深いな』

そうですね。
この作品を見て、物流業界は大変だな、と思う方は多いと思います。
現場ではいまだに肉体労働も多いし、近年は残業時間などに制限が課され改善を図ってはいますが、逆に働き方に制約も増えました。

いまだにイメージは悪く、口の悪い方からは『底辺職』などと言われることもあります。

でも、せっかくこの映画を見たら『大変だな』『闇が深いな』で終わってほしくはないのです。

人の生活を支える物流を担う人々の苦労。その人数の多さ。
わたしたちが、あなたが買うもの一つ一つに、必ず輸送は関わります。
それを鮮明に描き出してくれたのが、この作品だと思います。

映画に描かれた『ラストマイル』の区間だけでなく、
あそこに至るまでも、何度も商品は人の手で輸送され、消費者の手へ渡ります。

だからこそ、ほんの少しだけでいいので。
あなたの身の回りの物流について考えて、何ができるかを考えて頂けたら。
そうしたら、物流業界に関わる全ての人たちがより良い環境で仕事ができる世界に近付くのではないかと思っています。


余談:阿部サダヲさんすげえ。

余談ですが、私が今回の映画の中で一番入れ込んでいるのが
阿部サダヲさんが演じる羊急便のセンター長、ヤギさんです。

もう最初から最後までどう見ても苦労人、
時にキレ散らかし、時に走り回り、
時に喫煙所で打ち上げられた魚のように横たわりながら煙を吹き。

頑張ってお仕事をしている姿がシリアスな笑いを生み、
重い映画の中でコメディリリーフを担ってくれていました。

もう映るたびに面白い。
そして、まさに物流業の中間管理職といった様相で
顧客と配送先、上司と部下達、4方向の板挟みにあって
今にもストレスでぶっ倒れそうな立ち位置。
もう同情を禁じ得ないし、頑張れ!という気持ちで見ておりました。

社長に電話で啖呵を切るシーンホント好きです。
あそこ何回でも観に行きたい。

以上、散文失礼いたしました。

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