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ボナパルト家を取り巻く女性たち - オルタンス編《終》晩年
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◆これまでのお話
ナポレオンの妻ジョゼフィーヌの娘として生まれたオルタンス。
(ナポレオンから見ると、妻の連れ子─義理の娘という関係です)
ナポレオンの没落と共に フランスを追われ、最終的にスイスとイタリアを行き来する生活に落ち着きました。
しかし成人した2人の息子が、イタリアの過激な秘密結社カルボナリで活動。
ローマ教皇やオーストリア皇帝に目をつけられ、軍隊を差し向けられます。
オルタンスは息子達を連れて逃亡を企てますが、次男は病死。
残された三男を連れて、どうにかイギリスへ渡ります──。
ここからの続きです。
第1話: 我慢の子と破れた靴
第2話: 不本意だった母の再婚
第3話: 初恋と結婚
第4話: 出産、そしてホラント王妃へ
第5話: 2組の離婚
第6話: ナポレオンの没落
第7話: 母の死とナポレオンの帰還
第8話: 百日天下
第9話: 放浪の旅
第10話: 逃亡
◇
フランスの港からイギリスに向かったオルタンスと息子ルイ・ナポレオン。
彼らはロンドンのフランス大使館でセーフ・コンダクト(ここでは、フランスから追放されたオルタンス親子が フランス領を安全に通れる為の通行証) を受け、8月再びスイスに亡命。
昔購入した、スイス・アレネンベルクの屋敷に落ち着きました。
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アレネンベルクの邸宅
息子は1832年にスイス国籍を取得します。
同じ年、ナポレオン唯一の嫡男ナポレオン2世が死亡。
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浮気相手との子を除けば、
ナポレオンの唯一の息子でした
しかし、ナポレオンの継承者候補のジョゼフ(ナポレオン兄)やルイ(ナポレオン弟)は表舞台に出ることを嫌い、後継者に手を挙げようとしません。
オルタンスの息子ルイは そんな伯父や父の姿を見て、我こそがナポレオンの意思を継ぐものであると決意を固めるのでした。
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左から: ジョゼフ / ルイ/ ルイ・ナポレオン
◇
とは言え、オルタンス存命中の息子の活躍は芳しくありませんでした。
1836年10月、彼はボナパルト一族をフランスから追い出したフランス国王ルイ・フィリップに対して蜂起します。(ストラスブール一揆)
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ただ現実は…
しかし思うように味方が集まらず、計画は失敗。
息子とその仲間は投獄されます。
実はこの時、息子はナポレオンの末弟ジェロームの娘と婚約中でした。
落ち目のボナパルト家を強化するための縁組でしたが、この一揆の悲しい失敗により婚約は破棄。
ジェロームは激おこでオルタンスにこう言ったそうです。
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「あんなエゴイストの野心家と結婚させるぐらいなら農民と結婚させた方がマシ」
(Wikipedia: ナポレオン3世 より)
いっぽう53歳になっていたオルタンスは、フランス国王ルイ・フィリップに手紙を書き、投獄中の息子をフランス国内から逃してはもらえないかと頼みました。
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その結果なのか、息子はアメリカ合衆国に渡る事になったのです。
◇
そんなこんなで身体が弱ってしまったのか、息子のアメリカ行き後オルタンスは体調を著しく悪くします。
息子は辛うじてアメリカから帰国して死に目に会えますが、オルタンスはアヘンで命を繋ぎつつ死亡しました。
1837年10月5日、オルタンス54歳の時の事でした。
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生涯を振り返る
晩年になっても息子の後始末で気の毒だなと感じますが、思えば子供のときから周りに振り回された人生でした。
幼少期は、母に連れられて各地を転々として、常に他人との共同生活。
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少女期は母の再婚によりいきなり時の人に。
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更にボナパルト家との結びつきを強めたい母の企みで、好きでもなかったナポレオンの弟と結婚、
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ナポレオンの没落により、亡命生活、
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各国を転々としていました
最後に生き残った息子もクーデターにより追放。
のちにナポレオン3世となる彼の活躍を見届ける事なく亡くなりました。
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しかも彼女の人生をめちゃくちゃにしたと言っても過言ではない母ジョゼフィーヌやナポレオンに 常に寄り添い続けた姿には、ただただ「真似できない…」と驚くばかりです。
せめて晩年はスイスの屋敷で静かに過ごせていれば良いなと勝手に思っています。
↓オルタンスの終の住処であった屋敷から見た↓
湖の眺め
Fensterblick vom SchloßArenenberg#Objektivblüten @misstarisato
— Carmen (@GEDANKENTaenze) May 13, 2021
(Archivbild) pic.twitter.com/ekkuM8x5Eh
【おまけ】母との関係を考える
オルタンスと母ジョゼフィーヌとの関係は、「共依存」の特徴に当てはまる気がします。
《共依存している親子の特徴》
(1)親が過保護
子どもを一人の人間として信頼したり尊重したりせず、支配しようとする
(2)「家族愛」で縛られる
子どもの意見が自分の意向と合わなければ「家族の言うことは聞きなさい」「家族なんだから○○してちょうだい」「家族なのに見捨てるの?」とさげすんだり悲しんだりして脅す
(3)愛されるために従う
子どもが家族愛欲しさに共依存関係に陥ることもある
「共依存の親子とは? 特徴や原因、精神的に自立するための方法」より抜粋
※ちなみに共依存という言葉は、オルタンスの死から130年ほど経った1970年代のアメリカで生まれたようです
現代にも通ずる概念が、19世紀の人にも当てはまる…こう(勝手に)考えると、急に歴史上の人物が身近に感じられる気がしませんか?
終わりに
さて次回は、オルタンスの名前がついたピンクダイヤモンドの記事の話です。
(これでオルタンス関連の話は最後です)
オルタンスはあまり出てきませんが、どこか桜を思わせるとても美しい石の話です。
ここまで長い話にお付き合い下さり、本当にありがとうございました!
参考
Queen Hortense: A Life Picture of the Napoleonic Era
アスク・ヒューマン・ケア
《共依存とは》
Wikipedia