震災が私たちに教えてくれたものは、人と人との繋がりだった。震災を経験した人、経験していない人の想いを結ぶ、シンサイミライノハナ。
皆さんは、「シンサイミライノハナ」の存在をご存知だろうか?
花びらに見立てた黄色いメッセージカードに、一人ひとりの震災に対する想いが書き込まれ、5枚の花びらが1つの花となって「シンサイミライノハナ」が完成する。
そうして各地の被災地に届けられた「シンサイミライノハナ」はまちの中に飾られ、人々の心に優しく寄り添い、そのあたたかさを教えてくれる。
NPO法人Co.to.hana代表の西川亮さんが始めた、「シンサイミライノハナ」を集めて届ける「シンサイミライノハナPROJECT」は、人と人とを繋ぐ絆を、世代を超えて共有し可視化する取り組みだ。
まるで別の国の出来事のようだった。目の前にあるはずなのに、全然違う世界。
阪神・淡路大震災発生当日の朝、堺市に住む小学2年生だった西川さんは、突然の大きな揺れに飛び起きました。倒壊する家具から両親に身を守られるなか、ようやく揺れが収まりテレビをつけると、そこに映っていたのは、変わり果てた神戸の姿でした。
「海を挟んですぐの場所なのに、神戸ではすごいことが起こっていて。自分の住んでいるところでは揺れたけれど生活は普通にできる状況だったので、信じられないという感じでした。」
西川さんが住んでいた堺市からは神戸の六甲山を眺めることができ、その日は多くの煙が上がっているのを目撃したそうです。さらに、震災のニュースは連日続きましたが、自分が生活している場所と神戸の状況との違いに、不思議な感覚を抱いたと言います。
足を運んで、話を聞いた。そうして気づいた、自分にできること。
西川さんが「シンサイミライノハナPROJECT」を始めるきっかけの一つになったのは、大学4回生の頃、2008年に募集が始まった「震災のためにデザインは何が可能か」をテーマにしたコンペに参加したことでした。
「震災のために何ができるかというテーマで、震災のことを勉強しないといけないと思い、人と防災未来センターの語り部の方や、まちづくりの事業を通して出会った神戸市在住のボランティアの方、大学の友人や先生に、インタビューやヒアリングに行ったんです。その時に分かってきたのが、水の問題でした。」
西川さんは、避難生活において、水の確保や再利用など、水にまつわることで多くの人が困っていたということを知ったそうです。
そこで考案されたのが、被災地での水の有効利用を可能にするためのウォーター・トリアージでした。これは、災害時の医療現場で用いられる、傷病者の重症度などを表示するためのトリアージタグを参考に作られたもので、水の状態を飲料水、生活用水、排水の3段階に分けて白黄黒のタグで表示します。例えば、飲料水が入ったペットボトルには3色のタグ、生活用水の入ったペットボトルには2色のタグ、というようにタグを下から切り離して利用するものです。西川さんは、被災者自身に水を利用できるか判断してもらい、水を大切に共有してもらいたいという想いを込めて、このウォーター・トリアージを考案したそうです。
また、震災について学ぶために行ったインタビューのなかでは、震災を知らない若い世代が増えていることを心配するご高齢の方々の声を多く耳にしたと言います。
そして、西川さんは神戸の人々についてこう語ります。
「神戸の人は日常のなかで震災のことを当たり前に話すこともあるし、ボランティア活動が盛んで日々助け合いながら活動しています。神戸は人と人とのつながりというか、震災を経験してきたからこそのアイデンティティみたいなものがすごく根付いているんだろうなと感じました。」
デザインで社会問題にアプローチしていくことに関心を持ち、震災について自分に何かできることはないかと感じたこと。そして、神戸の人々が持つ人の繋がりの大切さを、若い人たちにも共有したいと思ったこと。それが、西川さんがシンサイミライノハナPROJECTを始めたことに繋がっています。
震災は、過去の出来事?見落とされがちな人々の想い。
西川さんはシンサイミライノハナPROJECTを通じて、多くの人の震災に対する想いを聞き、そこで得た様々な気づきについて振り返ります。
例えば、震災を経験した一人ひとりには、その人にしかない出来事や感じ方があること。テレビなどのメディアでは、そこで語られることが震災を経験した人のすべての声であると捉えられることが多いように思います。そういった場合、同じ経験をしたなら同じような想いを抱えているはずだと、一人ひとりの声が見落とされてしまいがちです。
「まちはすごくきれいになって、もう復興したと言われますが、一方で人の心のソフトな部分は、まだまだ抱えている課題もあります。」
シンサイミライノハナに想いを書き込み、あの日から初めて家族で話し合うことができたとお礼の手紙を寄せてくれたご家族がいる。震災で夫を亡くし、今も一人で暮らすご高齢の方もいる。
活動を続けていくなかで、シンサイミライノハナは、まだ語られていない多くの人々の想いを「見える化」するプラットフォームとしての役割も果たしているという気づきもあったそうです。
知ったふりをしないこと。素直な気持ちが人と人との気持ちを結びつける。
先ほども触れたように、私たちは被災者一人ひとりの経験や想いについて、大体のことは理解しているだろうという気持ちになってしまっていることがあります。
しかし、西川さんは「大事なことは、知らないことについて知ったふりをしないこと」だと語ります。私たちには、震災や震災を経験した人々の想いについて知らないことがまだ多くあります。
また、西川さんはシンサイミライノハナPROJECTを進めるなかで、神戸で震災を経験していない自分が活動を行っていいのかと葛藤することもあったと言います。そんななか、「知らないから教えてくださいというスタンスを持って関わるといいよ」というアドバイスをもらったことで、すごく気持ちが救われたそうです。
「分からないから聞くということを通して、お話する方も話すなかでいろいろ思い出したり、言葉にすることでスッキリしたりすることも多いようで。知らないからこそ話を聞くということは、震災を知らない世代の人たちの大きな役割なのかもしれません。」
そしてもう一つ、西川さんが震災を知っている世代、知らない世代の人たちに大切にしてほしいと思っているのは、自分と他人が何らかの繋がりを持てるような居場所を見つけることです。
人は一人では生きていけない。
地域や地縁といったものが機能しづらくなっている今、自分の趣味や好きなものといったことで繋がったコミュニティを持つことは、震災に限らず、いざというときにお互いを支え、孤立する人をなくすことができます。
自分の住んでいるまちのルーツを知ること、知ってもらうこと。
今回、私が西川さんにインタビューを行ったなかで、とても印象に残っている言葉があります。それは、「震災を学ぶことは、神戸を知ることでもある」ということです。
神戸は洗練されたお洒落なまちでありながら、自然との距離も近く、どこか異国情緒あふれた雰囲気も兼ね備えている、他のまちにはないたくさんの魅力があります。
県外出身で、大学生になって初めて神戸で暮らすようになった私も、それが神戸というまちの最大の魅力だと思っていました。
しかし、震災について一から学ぶことを通じて、まちの至る所に震災に関する記憶が残されていること、震災を経験したなかで作られた防災のための歌があること、今でも当時のことを鮮明に思い出せるほど心に傷を抱えたままの人がいることを知りました。そして、それは今まで私が目を向けることがなかった、他のまちにはない神戸の一面だと気づきました。
震災を学ぶということに終わりはない。西川さんが話して下さったように、それぞれの震災経験者にはその人にしか語ることのできない体験や気持ちがあります。
私は、震災を経験した人とそうでない人、自ら学んだ人と学んでいない人とでは、神戸の見え方も少しずつ違うのかなと思います。
例えば、私はご高齢の方に阪神・淡路大震災での経験について触れることは気まずいことだと思っていました。しかし、実際は同じ思いをしてもらいたくない、忘れてほしくないと思っている方がたくさんいるということを知り、神戸はまちが発展していても人のあたたかさが失われていない場所だと感じました。そして、経験したからこそ感じた神戸の見え方の違いを若い人にも共有してほしいし、もっと知りたいと思いました。
また、西川さんが、震災を経験した都市であることが神戸の礎の一つだと語っていたことも、震災を知るために自ら動いた人だからこそのまちの見え方なのだと思います。どこかで災害があった時、神戸の人たちは真っ先に動くことができる。日々助け合いながら生きていくという精神を行動の基盤に置いている人たちがたくさんいることを、支援先の被災地で知ったそうです。
私が「1.17→」に参加するまでそうだったように、震災について学ぶためにいきなり行動することはなかなか難しいと思います。そもそも震災について学んでどうするの?と考える方もいると思います。ただ、自分が好きな趣味について友人に語るときのように、自分が暮らしているまちのことを語るというのは、当たり前にできなければいけないことだと思います。そして、神戸で起きた出来事を知り、自分を大切にしてくれる人にもそれを伝えるということは、その人への恩返しでもあると思います。
自分の大切な人に、今どんな歴史のある場所で暮らしていて、どんな想いを抱えた人がいる場所で過ごしているのかについて話し、聞いてもらうことを通じて、まずは神戸のまちや人々の良いところを知ってもらう。そして、大切な人の命を守るために、一緒に防災について考えるきっかけにしていきたいと思います。
(文:八木 愛優)
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