「前科者」を観て
岸善幸監督の前作「ああ、荒野」はとても好きな作品でした。今作品も確かに良い話で、俳優陣の演技は素晴らしかったのですが、些細なざらつきが残ってしまいました。後半の展開では泣きましたし、主人公を演じた有村架純のラスト近くの森田剛を説得するセリフは心に響きました。では、自分が引っ掛かった部分は何なのか、少し考えてみました。
1、登場人物
主人公 阿川佳代(コンビニでアルバイトしながら保護司)有村架純
工藤誠(仮釈放中の受刑者) 森田剛
工藤実(誠の実弟) 若葉竜也
滝本真司(刑事、阿川の中学時代の同級生) 磯村勇斗
鈴木充 (滝本の上司) マキタスポーツ
斎藤みどり(阿川の元で更生した元受刑者) 石橋静河
遠山史雄(工藤兄弟の義父) リリー・フランキー
宮口エマ(弁護士) 木村多江
松山(コンビニの店長) 宇野祥平
2、保護司
主人公佳代さんは、20代の女性保護司です。若くして保護司になった理由は、この映画で明かされます。中学校のころ、浮浪者に襲われかけたのを救ってくれたのは、当時付き合っていた滝本真司の父親で、彼は刺殺されます。自分のせいで真司の父親が亡くなったことに責任を感じ、生き残った自分は保護司となって、更生に携わろうとします。志は素晴らしいのですが・・。
過去のトラウマを抱えての志願であるためか、わたしには痛々しく感じました。そんなに責めないで、と。一方で、トラウマだけで、続けられることだろうか、とも疑問でした。
保護司という職業は、非常勤の国家公務員でありながら、ボランテイアであり無償です。現在の日本では、20代の保護司は12人だそうです。https://www.huffingtonpost.jp/entry/zenkamono-hogoshi_jp_61f1eb46e4b094ce54a5bdcc
コミックの原作とWOWWOWのドラマがあるので、佳代さんの家庭環境の複雑さなどもあるそうですが、コンビニでバイトしながら保護司という選択ですが、この映画だけではもう少し説明なければ説得力が薄くなりました。
わたしの父の義弟も某県で保護司をしています。お寺の住職であり、地域のために頼まれて引き受けています。叔父は、本当に忙しく、会食中に呼び出し、相談があったこともありました。この映画をきっかけに「保護司」を知って、若い方が増えることを願うという製作者側の意図はわかるのですが・・・。
3、ストーリー展開
殺人の順序としては、どうしても殺したい義父が先ではないかしら、と思いました。警察官、福祉相談員、児童施設員などにも落ち度があり、恨みはあるでしょうが、DVで殺された母親の仇は、義父のはずです。一番殺したい人を生かしておくのは不自然でした。(ドラマ的な盛り上げのため、といえばそうなのですが。)義父より先に警察官などを殺さなければいけなかった理由が、例えば、義父の居場所がなかなかわからなかった、などのセリフがあればよかったです。
あまりにも順序よく、良いドラマの典型のようにストーリー展開されていきました。「ああ、荒野」であったような、吃音のボクサーの死という意外性がなかったことが、スムーズすぎたのが返って、現実離れした予定調和を感じてしまいました。そこに妙なざらつき感が生じてしまいました。
4、熱演
俳優陣は皆さん、熱演でした。主演の有村架純さん、元受刑者という寡黙な工藤誠の森田剛さん。森田さんは「ヒメアノール」の時の演技もびっくりしましたが、影のある役が似合うなあ、と。そして、弟の実役の若葉竜也さん。今泉監督作品の常連で現代の若者の印象があるのですが、こういった影のある役も上手かったです。工藤兄弟のシーン、とりわけ、兄が弟の住まいをたずね、薬中毒を発覚する場面は、涙なしでみられなかったです。
斎藤みどり役の石橋静河さんも上手かったです。ただ、元受刑者と保護司は任期が終わったら、個人的な付き合いは慎むようにと規定があるので、現実はここまでの関係はありえないんじゃないかしらと思いました。
5、感想
結論がわかりやすい展開、非現実的な細部の設定というのが、わたしには少しわだかまりとなって残ってしまったようです。それを凌駕する、何か意外性があれば、と思いました。(工藤実の死は、意外性というより、逮捕時に現場の警察官の銃を奪うのはありえないんじゃないかな、との見解でした。)それでも、俳優陣の熱演は見事だし、保護司という職業を世の中に知らしめて、観てよかった作品でした。有村架純さん演じる保護司の佳代さんを応援し、工藤兄弟の過去に涙を流し、相手を思いやる尊さを認識せていただいた作品でした。人間は孤立させてはいけない、わかりあえないかもしれないけれど寄り添う大切さを教えてくれた作品でもありました。
※画像はfashionpress,tokyohedlineから借りました。
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