わたしの娘 < 孫ちゃんの母
ピンポ~ン♪
呼び鈴を鳴らすも、し~んとしたまま応答はなし。
もしかしたら、孫ちゃんのおむつ替えの途中かもしれない。
しばらく待ったのち、再度ピンポ~ン♪
なかなかの間があった後、くぐもった声で「ぅは~い。ぅおはよう。」と返事が聞こえてきた。
「もしかして、寝てた?」
「へへへへ。ごめ~~ん。」
これや。またもや。
娘の方からのお誘いで、今日のお出かけとなったのに。
しかも、細かい時間設定も娘からの指定。
なんやの、なんやの。
今日のお出かけの計画とは、歩き始めた孫ちゃんをたっぷりと歩かせたいからと、京都府立植物園に行こうというものだった。
そして、その前に、植物園の近くにある美味しいパン屋さんで、モーニングを食べようというものだった。
モーニングといっても、モーニング終了時刻の11時直前に入店し、ブランチにしようという作戦。
そのパン屋さんは、美味しいパンが食べ放題なのである。
パンの種類も豊富で、パンドミーなんか、食べ放題なのに、お願いしたらトーストもしてくれるというサービスぶり。
珈琲も、美味しい珈琲やさんと提携していて、これまたとても美味しい。しかも、こちらも、お代わりし放題。
お料理だって美味しいし、私も娘も大好きなお店である。
もちろん、ランチのメニューにも、パンの食べ放題はついてくるが、あまりたくさんは食べられない私のことを考えてくれたようで、ブランチ計画となったのだった。
そんなことを考えてくれるようになったのか~と、感慨深くしみじみとしていたのは、つい5分前まで。
は~~~。
またもや、やられてしまった。
怒りと呆れで、頭からは湯気が出ていたとは思うが、玄関先で、縦横無尽に髪の毛が渦巻くねぐせをつけた孫ちゃんの姿を見ると、その湯気がさらに沸騰することは抑えられた。
そうそう。
あるあるやん。
寝坊なんて、想定内やん。
そう心の中で言いながら、
この複雑怪奇なねぐせをつけた孫ちゃんの前で、嫌味をさんざん並べる気にはなれず、自分で自分をいさめてみる。
どうどうどうどう。
ということがあったものの、何とか用意は整い、いざ植物園へ。
の、その前に、パン屋さんへGO。
モーニングではなく、ランチになってしまったけどね。
でも、トーストの食べくらべプレートというランチ限定メニューにも出会えたし、結果オーライとするか。
珈琲も期待通りの美味しさで、珍しくおかわりもしてしまった。
娘は、いろいろな種類のパンを楽しみながら、あつあつのオニオングラタンスープを食していた。
娘のパンをおすそ分けしてもらっていた孫ちゃんの
「ちょーだい!!」
の声が、店中に響き渡っていたのも楽しかった。
孫ちゃん、あなたは、特に何も注文していないんだから、もう少し控えめに座っててもいいんだよ~~。
と、わたしの機嫌もまっすぐに戻り、いざ植物園へ。
この時期の植物園は、これといって見ごろのお花も咲いていないので、とってもすいていた。
温室にあるポインセチアが、かろうじて季節感をだしていた程度で、あとは、落ち葉とどんぐり、そして冬仕様の木々。
でも、孫ちゃんには、それで十分。
紅葉のじゅうたんを、かさかさ音をさせながら突き進んだり、
いちょうの葉っぱのシャワーを浴びたり、
どんぐり畑にぐいぐい手をつっこんでは拾ったり、
そんなことをしながら、ずっと歩き続けている。
歩けるようになってまだ少ししかたっていないので、ちょっとした傾斜にも負けてしまうけど、あきらめない孫ちゃん。
バランスを保つのに、まだ、両腕があがっていることが多いんだけど、それでも、どんどんずんずん歩いていく。
異国の観光客の方や、優しそうなおばさま方にも手を振り、愛想を振りまくこともぬかりなく。
気難しそうなおじいさんにも、ずっと手を振り続け、はじめは知らんふりされていたのが、とうとう最後には、めちゃくちゃぎこちないバイバイをいただいくことに成功していた。
もちろん、何にもない広~い芝生の上を楽しむことも忘れない。
ママである娘の存在を確認しながらも、たったかたったか芝生広場の冒険に出かける。
えっちらおっちら、たったかたったか。
その芝生広場の一角には、売店があり、カフェも併設されている。
そこには、"バラのアイスクリーム”という珍しいのぼりが、きらきらと輝いていた。
珍しいねえ。
バラのアイスクリームか~。
バラの味がするのかなあ。
なんてことを娘と話していた。
たっぷりと芝生広場を堪能した後、もう少し、孫ちゃんに、どんぐりをたくさん楽しませたいと、場所を異動することになった。
広い植物園なので、いったんここの場所を離れると、もうもどってくることはないだろう。
「バラのアイスクリームはどうするの?食べてから、どんぐり探しにいく?」
と、娘に声をかけると、
「う~ん。」
としばらく考えたのち、
「やっぱり、やめとくわ。少しでも、早くどんぐりを拾わせてあげたいから。」
という答えが返ってきた。
はっ?
なんですと?
今、誰がおっしゃいました?
こういう機会は、絶対に逃さないタイプなのに。
孫ちゃんが、まだミルクしか飲めなかった頃にも、孫ちゃんを私に預け、かき氷屋さんをはしごしていたほどだったのに。
甘いもの、美味しいものは、絶対に素通りしないタイプなのに。
え~~~っ!!!
驚く私を見ながら、娘はちょっと恥ずかしそうに、
「びっくりするやろ。アイスクリームよりも、どんぐりを選ぶなんて。」
と言う。
私はというと、心の中では、なんやかんやと言葉が吹き荒れてはいたものの、表面上はただただ絶句。
しばしの沈黙の後に、なんとか、
「孫ちゃん。アイスクリームに勝ったんやなあ。」
と、声を絞り出すのが精いっぱい。
「ふふふふふ。」
そう言いながら、孫ちゃんに頬ずりする娘の表情に、はっとする。
いつのまにか、すっかり母親の顔になっていたわ。
私の娘ではなく、孫ちゃんの母になっていたわ。
娘はいつまでも娘と思っていたけど、そう単純なことでもないんやなあ。
わたしの娘 ≠ 孫ちゃんの母
いやいや。むしろ、今は、
わたしの娘 < 孫ちゃんの母
かもしれない。
たかだか、アイスクリームごときで大げさやろうか。
そうかもしれんけど、
でも、娘が親離れをした瞬間を、はっきりと見た気がしたんやなあ。
見た。
たしかに。
おでこに、「母」って書いてあった。