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鬼が来る

 三谷とは小学校の時によく遊んでいたけれど、中学に入ってから何となく疎遠になった。別段けんかをしたというのではなく、クラスが別れて交友グループが違ってしまったのである。そうして自分は三谷が懇意にし始めた城戸があんまり好きではなかったから、三谷にも余分に距離を置くようになった。
 高校に入るとまた、学校帰りに三谷の家へ遊びに行ったりするようになった。三谷と自分は違う学校に入ったから、どういう弾みでそうなったものか、もう判然しない。
 三谷の家は公団である。町に公団は二つあって、その時分にはどちらも入居者が減って、ちょっとした廃墟のようになり始めていた。
 ある時やっぱり学校の帰りに遊びに行くと、珍しく三谷のお母さんがいた。平日はパートに出ていると聞いていたのである。顔を合わすのは小学校以来だから、三年ぶりになる。

「あら百君、久し振りじゃねぇ」
「はぁ、ご無沙汰してます」
「今はどうしとるんね? どこの学校に行っとるん?」
「カリフォルニア高校です」
「カリフォルニア高校ね?! ほうねぇ」
「あの、三谷君は?」
「あぁ、ごめんね。おるよ。上がって上がって。タケシ、百君よ」
 招じられるまま上がって部屋へ行くと、三谷は机の前で何だか難しい顔をしていた。
「おぅ。何しよんね?」
「うん、ちょっと面倒なことになってのぉ」
「何が?」
「いや、ええんよ。こっちのことじゃけぇ」
「ええんならええけど、気になるじゃろうが」
「うん、ちょっとすまんけど、待っとってくれるかいね?」
「何なぁ?」
「うん、ちょっと出て来るわ。すぐ戻るけぇ待っとって」
 三谷はそう言ってどこかへ出掛けて行った。

 部屋にあったベースギターを手に取って一人でボンボン弾いていたら、三谷のお母さんが珈琲を持って現れた。
「百君ごめんね。すぐ戻る思うけぇ、ちょっと待っとってね」
「はぁ。別に構わんですよ」
「それでどうなん、カリフォルニア高校は?」
「別にどういうこともないけど……、学校の前にドブがあるんですよ」
「ドブ?」
「ほうなんですよ。汚いドブがあって、その傍に桜が咲いとって、それが散るけぇドブの深緑に桜の花びらが浮かんで、きれいなんか汚いんかよぅわからんのんです」
「……それは大変じゃねぇ……」
 三谷母は何だか感心した様子である。言い出したのは自分だが、何が大変なのかは一向わからない。わからないけれど、話を合わせておかなければ面倒くさそうだ。
「まぁ、そこはちょっと大変かも知れんです」
「ほいじゃけど、カリフォルニア高校にはあれがあるんじゃないんね?」
「あれ?」
「ほうよ、あれよ」
「首塚のことですか?」
「ほうよねぇ。首塚よぉ。あれは誰の首が埋まっとるん?」
 それは本当だったら話すべきではないことである。しかし子供の頃から知っている三谷母だったら、何だか言ってもいいように思われた。
「あれは……、加藤の首が埋まっとるらしいですよ」
「え! ほうなんね?」
 言った瞬間に自分は、しまった、やっぱり言うのではなかったと後悔した。
 どこか遠くで、三谷が回れ右をして、もの凄いスピードで引き返して来るように思われた。戻って来た三谷に会ったら、きっと自分は殺されるのだろう。加藤の首だとばらしたせいである。
 すぐに逃げなければいけないけれど、今から逃げたってもう間に合わない。団地の階段で出くわすのに決まっている。自分はこんな汚い団地の階段で死ぬのは嫌だと思った。
 三谷母が笑いを堪えながら、こちらを見ていた。

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百裕(ひゃく・ひろし)
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