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俺を倒してからだ。

 大学2年の9月いっぱいまで学生寮に住んでいた。個人経営の寮だから色んな学校の学生がいた。大風呂があって、朝夕の食事付きだった。
 もう記憶が随分あやふやだけれども、木曜の夕食はカレーが多かったように思う。
 食堂にはテーブルが縦につなげて2列並べてあり、各列に1個ずつ大きいお櫃と味噌汁の鍋が置いてあった。そうして家具調テレビが置いてあった——当時(90年代初頭)でもすでに珍しいアイテムだった——。

 ある時、夕食のカレーをお代わりしようとしたら、向かいに座っていた宮内が「にゃぁ」と云ってお櫃のふたを押さえた。宮内はデザインの専門学校に通っており、長身で阿部寛に似た男前だった。

「何だ?」
「にゃぁ」
「何だ?」
「にゃぁ」
「な…」
「にゃ…」

 他人のおかわりを邪魔しておいて「にゃぁ」と云うのでは、まるで意味がわからない。無言で睨み合っていると横から井上さんが、「飯を食うのは俺を倒してからだ、ぐらい言ったらどうなんだ?」と言った。
 さすが先輩だけあって、上手い返しだと思った。「にゃぁ」よりよほど気が利いている。宮内もそう得心したようで、ようやくお櫃のふたから手を離したから、自分はそれでおかわりを食った。

 以来「◯◯するのは俺を倒してからだ」という言い回しを何かにつけて使っているけれど、あんまりウケた験しがない。

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百裕(ひゃく・ひろし)
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