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シュークリームと眼鏡

 二十年ばかり前、仕事中に片目がおかしくなった。どうもはっきり見えないのである。
 もしやと思って探ってみたら、果たしてコンタクトレンズを落としていた。これでは見えないのも道理である。何だか腹が立って、「眼鏡買って来ます」と宣言して近くの眼鏡屋へ行った。

 当時はフチ無しタイプが流行っていて、店員もそれを勧めてきた。自分は勧められた中で一番恰好がいいのを選んでやった。
 その場ですぐに用意してくれて、都合一時間ほどで新しい眼鏡をかけて職場へ戻れた。

「フチ無しにしたのかい」と寺島さんが言った。「俺もフチ無しがよかったけど、子供が小さいから止したんだ」
 寺島さんの眼鏡はレンズ周りがウルトラセブンの目みたいな形の、ごく普通の金属フレームだった。どうして子供が小さいとフチ無しが駄目なのかは面倒だから訊かずにおいた。
 この眼鏡は気に入っていたけれど、すぐにフレームが広がってしまい、ずれ落ちるようになった。使いづらくて随分困った。

 自分が眼鏡を使い始めたのは中学2年の時だった。近視は遺伝すると云うが、父も母も目は悪くない。これは遺伝ではなく、寝る前に薄暗い電気スタンドで本を読んでいたせいだろう。
 眼鏡をかけるのが面倒な半面、自分に二つのモードができたようで、何だか嬉しかったのを覚えている。
「眼鏡かけるとのぉ、違うわしになるんで」と教えてやると、古田は「はぁ?」と小馬鹿にするような声をした。
「どう違うか、教えちゃろうか?」
「聞いてほしいんか?」
「聞きたいんなら教えちゃろう」
「興味ないけどのぉ」
「眼鏡かけたらのぉ……」
「ふん」
「“目がよう見えるわし” になるんじゃ」
 古田はやっぱり「ふん」と言って、変な顔をした。

 三十代の半ば辺りから、視力がいよいよ低下した。今はもう、裸眼だと1メートル先も判然しない。おまけに老眼まで来たから、眼鏡をかけたり外したりと、甚だ面倒くさい。
 先日、読書の途中で口淋しくなり、冷蔵庫を漁ったら、シュークリームを見つけた。
 このタイミングでシュークリームはありがたい。実にちょうどいいと思って手に取ると、何だか堅くてゴツゴツしている。とてもシュークリームの感触ではない。驚いてよくよく見たらじゃがいもだったので、随分がっかりした。本を読むのに眼鏡を外していたから見間違えたのである。
 それにしたって紛らわしい。全体どうしてじゃがいもをわざわざ皿に乗せて冷やしていたかと妻に問うたら、そんなことはしていないと云う。娘に訊いてもやっぱりそんなことはしてないと突き放す。
 もちろん自分もやっていない。だから結局どうしてそんなことになっていたか、ついにわからないままだった。

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百裕(ひゃく・ひろし)
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