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象工場

 工場へ人を派遣する仕事をしていた頃、担当先にN社の巨大工場があった。元々取引がなかったのを、通っている内に受注できた先である。本気で取れると思っていなかったから、受注した時は随分驚いた。
 工場にはいくつか課があり、人が必要になるとそれぞれの課長から自分の携帯へ電話が入る。N社の□□生産を自分が裏で支えていると考えたら、なかなか気分が良かった。

 この工場を訪問した後は、少し離れた喫茶店で昼食にする事が多かった。田舎の割に洒落た店で、カルボナーラが美味かった。
 ある時、食後に大きな窓から海を眺めていたら、象が三頭歩いて行った。
 最初は「象か……」と思ったきりだったが、こんな田舎の海辺を象がぞろぞろ歩くようでは尋常でない。店の女性スタッフをつらまえて、「今のは何です?」と訊いてやった。
 すると先方は、「あ、象ですよ」と事も無げに言う。
「象、ですよねぇ」
「はい。象です」
「象はまぁ、象でわかるんですが……」
「はい」
「全体、どうしてこんな所に象がいるんでしょう?」
「あ、あそこの工場で作ってるんですよ」
 指差された先には小さな工場があった。
 象を工場で作るとはどういうことか。どうも判然しないが、ちょうどそこへグループ客が続けて入ったので、店員はそちらへ行ってしまった。

 店を出た後、象工場の前へ行って見た。
 背の高い、黒い鉄扉がぴったり閉まっている。扉の上の方へ白ペンキで◯◯製作所と書いてあるけれど、◯◯の部分は消えかけて判読できない。
 塀はやっぱり背の高い黒い鉄板で、中を覗けそうな隙間はない。塀の向こうでは、大きな鉄板を叩くみたいなゴオーンという音が何度もしている。
 扉も塀も錆だらけで、何だか怖いような心持ちがする。幼い頃、近所にあった町工場を思い出した。佇まいが似ているのである。そう思ったら、町自体もあの辺りに似ている気がした。

 翌週、またN社に行く用事があったので、帰りに象工場へ行った。
 やっぱり鉄板を叩く音が響いていたが、先日より幾分小さいように思われた。すると、ちょうど鉄扉が開いて、中から鶏の行列が出て来た。十羽ばかりが一列になり、ひょこひょこ歩いて行く。
 後をついて歩いたら、鶏はじきに喫茶店の裏口へ入って行った。
 自分はそれで大体得心したが、それなら先日の象はどこへ行ったろうということが気になった。

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百裕(ひゃく・ひろし)
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