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猫の声

 十数年前のある時、倉庫が人手不足で困っていたから、昼食後の腹ごなしも兼ねて小木さんと出荷作業を手伝った。
 小木さんはもうじき定年を迎えるベテラン営業マンだった。常日頃から酔っ払ったような事を云って場を和ませ、この人がいれば大概の事は何とかなるだろうという心持ちにさせるから、内でも外でも随分好かれていたように思う。

「よぉし、パッパパッパとやってしまおう」
 小木さんはそう言って、ぷぅと放屁した。放屁かよと思ったが、一々云うのも面倒だから聞かなかったふりをした。
 それからも小木さんは何かにつけて放屁した。段ボールを一つ積んではぷぅとやり、二つ積んではまたぷぅとやる。密室でないから害はないが、あんまり連発するものだから気になっていけない。
「小木さん、そう無闇に放屁ばかりするのは止したらいいでしょう。みんなだって歯を食いしばって、放屁を我慢しながら頑張っているのですからね」
 そう言ってやると、小木さんは「うはははは。いやぁ、めんごめんご」と高笑いに笑った。そうして「もう一発だけ見逃してくれよ」と、もう一度放屁した。
 ところが、その最後の一発がどうもおかしい。人の放屁というよりも、不機嫌な猫の声みたいな音がした。これではとても尋常な放屁でない。
 全体、人間の体からこんな音が出るものだろうか、あれは本当に放屁だったのだろうかと大いに訝しんでいたら、ズボンの裾からぶちの仔猫がもぞもぞ現れた。
 仔猫はニャァと鳴いて、そのままどこかへ姿を消した。自分は、そういうことかとおおよそ得心がいった。

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百裕(ひゃく・ひろし)
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