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サーカスと夕方
義父はお得な情報に随分詳しい。釜揚げうどんの日にはよく丸亀製麺所へ誘ってくれる。家電屋へ行くと云ったら「これを持って行きやあ」とクーポンをくれた。どうも、得になる条件を調べて、それを満たす過程が好きなんじゃないかと思う。
そう云うと妻は大いに得心し、本人に向かって「じいちゃんはオトコが好きなんでしょう?」と言ったので、義父がポカンとした。お得と男はひどい間違いだ。
娘がまだ小一の頃、義父がサーカスへ連れて行ってあげようと云って来た。これもやっぱりお得にチケットを手に入れたらしい。妻は他に用事があったから、義父母と娘と自分の四人で行くことにした。
自分も同じくらいの年頃に、母がサーカスへ連れて行ってくれたことがある。あの時は、大きなテントに入ると随分ゲロくさかった。立ち見で、背伸びをしなければあんまり見えなくて、頑張って見ていたら象が出て来て大きなうんこをした。どうもそれぐらいしか覚えていない。これでは母も連れて行った甲斐がないだろう。
母は帰りに、「昔はね、お母さん達が子供の頃はね、外で夕方まで遊んでたら、お祖母ちゃんが『早く帰らないと、サーカスに連れて行かれるよ』って迎えに来てたのよ」と教えてくれた。
綱渡りや空中ブランコといった芸を仕込むのに、あちこちから子供を連れ去るのだと、祖母が本気で信じていたのかどうかは、もうわからない。
サーカスというものにあんまりピンと来ていない娘が「サーカスって何するの?」と問うて来たので、何と答えたものか少しばかり考えた。ゲロとうんこの思い出をそのまま答えて「行きたくない」となっては悪い気がする。
「虎に芸をさせるんだよ」
「危なくないの?」
「危なくないよ」
「なんで?」
「危なくないように訓練してあるからだよ」
「ふ〜ん」
別段行きたいとも行きたくないとも判然しない様子である。自分もどうしていきなり虎を引き合いに出したものだろうかと思ったが、後になって「やっぱりライオンだった」とか言うのも変に警戒されそうだから止した。
実際に行ってみると、何だか昔見たサーカスよりもこじんまりしているように思われる。立ち見はなく、テントの中もゲロくさくない。
きちんと整備されていてありがたい半面、どうもサーカス特有のいかがわしさや物悲しさがない。象も出て来たけれど、果たしてうんこはしなかった。
観終えて外に出ると、もう夕方だった。
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