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まぼろしメンバー
高校を卒業して大学へ入る前に一度、大山の家へ遊びに行った。
大山は友達だが、特別親しかったわけではない。家は隣町で、近くはない。だから何か用事があって行ったのだろうと思うけれど、どうしてそんな時期に行ったものか、もう一向判然しない。
自分の家は山の上で、大山の家はその山の中腹辺りだった。あんまりそんな所でバスを下りないから、うっかり行き過ぎた。あっと思って慌てて下りて、一区間歩いて戻ったら、大山がバス停へらへら笑っていた。
「どこへ行くんかと思ったで。へらへらへら」
それから大山の家でどうしていたかは覚えていないが、じきに電話がかかってきた。平成元年のことだから固定電話である。相手は大山のバンドのピアニストらしかった。
「今日の六時じゃろ? あ、ちょっと待て」
大山は受話器を耳から外した。
「百、お前、今日スタジオ来れる?」
「お、おぉ」
大山はまた電話を耳に当て、
「百が来とるけぇ、連れて行くわ。何の曲やっといてもらう?」と言った。
どうやら、ギターがいないままだったらしい。
自分は二曲の譜面を渡されて、一旦家へ帰った。
その時点で昼を過ぎていて、約束の時間までに知らない曲を二曲覚えるのはさすがに無理だった。どちらもイントロとサビだけ覚えて行ったら果たしてズタボロで、広島で最後のスタジオセッションがこれかと思うと随分凹んだ。
それでもメンバーは、ありがとうありがとうと口々に礼を云う。何がありがたいのか一向わからなかったけれど、ギターがまったくいないよりは幾分マシだったのかも知れない。
帰りにみんなでハンバーガー屋へ寄った。それがいつものパターンらしかった。
「で、結局ギタリストどうする?」
大山がハンバーガーを齧りながら言う。
「おるじゃん、ここに」
ピアニストがこちらを指した。
「は?」
「百君、浪人して広大入ったらええじゃん」
「は?」
「おお、それがいい。そうしよう」
ドラマーも一緒になって囃し立てる。
「百、決まったで。よろしくの」
「……どうもありがとう」
そうして自分は、翌週大阪へ引っ越した。大山から次の練習日の連絡はなかったので、ギタリストは見つかったのだろう。
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