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ブンブンの系譜

 店を閉めた後でスタッフと喋っていたら、パートタイマーの林さんがブンブンで買うとか、何だかわからないことを云い出した。
「ブンブン? 何です、それ?」
「セブンイレブンのこと。そう云いません?」
「初めて聞きました」
「横浜だとそう云うんですよ」
 林さんは元美容師だが、その前はパンクスで、有名バンドのギタリスト◯山◯子と一緒に演っていたのだそうだ。それなら◯山◯子もブンブンと云っていたのだろう。
 自分はそれで納得したけれど、バイトの斉藤君が横から妙な勢いで噛み付いてきた。
「横浜ではそんなこと云いません」
「洋光台では云うんです」
 横浜全域から急にブンブンの通用範囲が狭まったようである。
「僕も洋光台ですけど、聞いたことないです」
 斉藤君の追及は随分執拗だ。
「えぇ! じゃぁあたしの周りだけ?」
 とうとう林さんのブンブン領域は、身の周り数人にまで削減された。
「きっとそうですね」
 さすがに斉藤君もそこまでで攻撃の手を止めたけれど、林さんは随分ショックを受けた様子でヘラヘラ笑っている。ちびまる子ちゃんで云えば、白くなって顔の輪郭に変な横線が入っているところだ。
 あんまり気の毒だったのと、林さんの周りで通じていたならやっぱり◯山◯子もそう云っていたのだろうから、ブンブンは自分が継承することに決めた。

 店長会議の合間にそんな話をしたら、やっぱりみんなブンブンは知らないと云う。中で一人、北島さんだけが面白がって後々まで使っていた。
 ただし自分が林さんから聞いたのは「ブ→ン→ブ→ン」と全部同じ音階なのに対して、北島さんは「ブ↘ン→ブ↘ン」と段々下がるので、厳密に云うと流派が違う。亜流である。それでも、系譜が途絶えるよりは幾分ましだろう。
 北島さんは自分より一年早く辞めたから、その後も使っていたかは知らない。
 自分もそれから大阪、名古屋と拠点を移し、移った先でブンブンを使い続けているが、新たなユーザーは残念ながら生まれていないようである。

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百裕(ひゃく・ひろし)
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