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クリスマスと暴走族

 やっぱり店長になって間もない頃、バイトの山中さんが店の窓ガラスにスプレーでクリスマスのデコレーションをしたいと云い出した。
 あれは剥がす時が存外大変だから、自分はやりたくない。けれどもバイトが自らやりたいと云うのを「面倒だからダメだ」とやってしまっては士気に関わる。結局、剥がすところまで責任をもってやるという条件で承諾した。
 果たして当人たちは、翌日早速スプレーとテンプレートを持って来て、キャッキャと云いながらサンタや雪だるまをガラスに描いた。随分派手にやったから、これは消すのが大変だろう、知〜らね、と思った。

 夕方になって、佐藤君が出勤して来たので交替した。この日のシフトはこれで終了である。申し送りをして従業員室へ行ったら、例のスプレーが置いてある。
 それを見ていたら、急に何かを描きたい気持ちが湧いて来て、室内の姿見に「サトー参上」と書いた。
「店長、何ですかそれ?」
 バイトの森田さんが半笑いで問うて来た。森田さんはどうも、自分のやることを半笑いで見る傾向がある。
「ん、これか。暴走族ごっこだよ」
 字ばかりではつまらないから、参上の下にドラえもんの絵も描いてやった。
 そうして帰る準備をしていたら、地区マネージャーが突然来たので驚いた。
「何だ店長、もう上がりか」
「はい。お先に失礼します」
「そうか。帰る前にちょっとだけ話をしよう。ていうか、これは何だ?」
 マネージャーが姿見のサトー参上を指して云う。そうして変な顔をしている。
「ああ、それですね。私もわからないんですが、きっと佐藤の仕業でしょう。サトー参上ですからね」
 森田さんは一瞬目を丸くして、それからくすくす笑った。
「すぐに消させろ」
「はい。森田さん、佐藤君を呼んで来てくれ」

 佐藤君はやって来るなりポカンとした。
「何ですかこれ?」
「何ですかじゃぁない、サトー参上だよ。ポカンとしてないで、君、消したまえ」
「えぇ!?」
「驚いてないで、早く消したまえよ」
「何でぼく……」
「はい、ちゃっちゃと消す! まずスポンジ持って来い!」

 結局サトー参上は、佐藤君がスポンジでシャカシャカ擦って消した。ドラえもんも同様に彼が消した。案の定、なかなか落ちなくて大変だった。
「これはひどいですよ」とかぶつくさぼやいて気が散るから、マネージャーとは客席で話した。

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