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変な帽子と梅昆布茶

 麻雀屋は駅前の雑居ビルにあった。大きな店ではない。変な帽子をかぶった四人がぞろぞろ入っても、店主は顔色一つ変えないまま、「四名様? そこの卓でどうぞ」と普通に案内した。
 卓に着いて改めて向かい合うと、やっぱり珍妙だった。
 バイトの鈴木と早川はサッカー愛好家なので、それっぽいウィンドブレーカーを着ている。だからGI帽子が馴染むかと云えば決してそんなことはない。変な帽子をかぶった奴が二人、同じようなウインドブレーカーを着ているというだけである。
 佐藤は自分の真向かいで、スーツと白シャツにネクタイを締めて、GI帽子をかぶっている。そうして何だか嬉しそうにニヤニヤしながら早川と話していた。変と云うなら佐藤が一番変である。
「佐藤君、どうも君がこの中で一番変なようだぜ」
「え? 僕がですか?」
「ああ。だってスーツにネクタイでその帽子なのだからね。通報されないように気を付けたまえよ」
「いや、店長だってよっぽど変ですよ。全体、さっきのコンビニは傑作でした」
 すると横から鈴木が入って来た。
「写ルンです探しながら、手が帽子取りそうになって、でもルールだから取っちゃいけないみたいな葛藤がありありと見えま……ぶははははは」
「うるさいな。そんなことより始めようじゃないか」

 実のところ、自分はそんなに麻雀を知っているわけではなかった。ただ変な帽子をかぶってバカなことをやりたかっただけで、役もうろ覚えだったので、どうなることかとどきどきした。
 果たして勝ちはしなかったけれど、大きく負けるわけでもなく、結局誰が勝ったか判然しないまま日が昇り、店主が「あけましておめでとうございます」と言って梅昆布茶を持って来た。
 これが佐藤の云っていた梅昆布茶かと心して飲んだけれど、別に普通の梅昆布茶だった。
 完全に朝になって麻雀屋を出た。そうして四人で帽子をかぶったまま「おはようございます」と出勤したら、看板娘二人が膝から崩折れた。

 この二人は後で帽子をかぶってプリクラを撮っていたけれど、自分はそれをもらっていない。思い出す度に、何だか損をしたような心持ちがするので困る。

変な帽子シリーズ


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百裕(ひゃく・ひろし)
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