四半世紀前の東京グルメ本をレビューする。
私事ですがついさっき人間ドックから帰ってきまして、何もしてないのに体重と体脂肪率が去年より落ちてるという聞く人が聞けば石を投げられそうな結果を賜りました。ビバ適正体重。ありがてえありがてえ。
でも言いたいのはそんな事じゃないんですよ。とにかく腹ペコなんです今。
昨日の晩からこの方固形物という固形物を口にしていねえ。朝も早よから受診先のクリニックに20分掛けて自転車で向かったら書類忘れてとんぼ帰り。結果20分×3本とかいうサイクリングをかました直後に検診受けるハメになり「うーん脱水症状気味ですねー」とかお医者様に言われる始末。そらそうよ。あと血圧値も若干バグってた。
まあそんなこんなで食うものも食わずにドック受けて帰ってきて、一週間限定とはいえnote毎日更新のためにメシ食う暇も無くキーボードを叩かないといけないわけですよ。なんだこの理不尽。
そういうわけでね、今回は手持ちのグルメ本でもレビューしようかと思います。人間腹が減るとイライラしますけどその反面集中力も増しますからね。腹ペコでアンガーMAXの状態だからこそ、そのコンディションに相応しいコンテンツ語りをしようと思う次第です。大型連休の真っ最中に何故こうもマゾヒスティックな行為に及んでいるのかは自分でもわかっていません。たぶん業とかの問題。
改めまして、本日レビューするグルメ本はこちら。
知る人ぞ知る東京グルメの食べ歩き本。写真イラスト一切無し、食い道楽の匿名文筆家達の手になるお店のレビューだけで勝負する超硬派な仕様。腹ペコな読書人からしたら文字通り垂涎の書。
私の知る限りでは1970年代から出版されていたようですが、ネット文化の発展等に伴い2016年版を最後に出版はストップしているとかなんとか。私自身は93~94年、95~96年、97~98年の3冊を所有していますが、今日は最も思い入れのある95~96年分をチョイスしました。ここからいくつかのレビューを抜粋しては、この店行ってみたいとか文章が上手いとかの所感を述べていこうかと思います。
フランス料理からラーメンまでジャンルは多岐に渡っていますが、和食のレビューを多く取り上げています。ひとえに私の嗜好です。ごめんねおじさんイタリアンとかエスニックとかオシャンティなのはよくわからんのよ御無礼。
んじゃ、始めて参りましょう。
私のようなカッペでもその名前は知ってる有名店。日本の洋食のご先祖様、総本山的なブランド店、それが煉瓦亭。
お店の歴史や風格、料理の質実剛健さを余すことなく押し込めた見事な短文だと思います。カツの風味や歯触りとかのくだりは総花的な感じもしますけど、歴史的価値だけじゃなく”現代の料理”として旨いという事を伝えるならこういう書き方が一番良さそう。
「洋食はどこか懐古趣味をかきたてられるものだが、この強靭な旨さにはセンチメンタリズムは吹き飛ばされてしまう」何よりこの一文が最強。歴史とか抜きに旨いもんは旨いんじゃいという推しポイントを上品にかつ力強くまとめている。これはPROの仕事。
ああ~いいっすねぇ~最高に良い。何が良いって私のような田舎モンの東京コンプレックスを最高に逆撫でしてくれるのが良い。
煉瓦亭とはまた違うベクトルでの有名店だと思うんですが、ひとえに文化的側面からの功績が大きいお店だと思うんですよね。それこそ俄か知識しか持ち合わせていない私の認識よりも遥かに深いレベルで。
そういう点から言えば、ロクに料理に触れてないこの文章は有りというかむしろ正解な気がします。日本有数の先進性とエグゼクティブさに満ちている銀座という街、その顔の一つである資生堂を紹介したいという書き手のテーマ/意識が明確に伝わってくる。
だからこそさっき言ったとおり田舎モンの東京コンプレックスは盛大に刺激されるんですよ。はああなんじゃワシントン靴店だの菊水煙草店だの知ってて当然のように宣いやがってそんな店知らんわ!!!だけどめっちゃオサレそうやんけあああ銀座の空気吸ってみてええええええ!!!!!みたいなノリで。
完全にライターさんの掌の上で踊る孫悟空ですよ。これ以上無いってくらい狙い通りの反応。だから大正解。
あとビーフカツを「ビーフカットレット」と呼称しているのも高ポイント。もうぐうの音も出ないほどの格調高さ。この世のすべてを諦めてかつや行きたくなるレベル。
格調高すぎるとかじゃなくて格調そのもの。格調の権化。
ドレスコードを念押しされるのすら挨拶代わりになってない。アペリティフのためだけにバーに通されるって何すかそれ。しかもそれとは別に客間がある。恐らくは舞踏会でも開けそうな超豪華エリア。そこに散在するテーブルひとつひとつが各人ためだけに誂えられた歓待の場。そら客も舞台のスターになれるしスタッフも名優揃いになるわ。むしろそういう演者でないと入れんだろこの店。
いやあ、読み返すたびに恐れ入りますわこのお店の紹介。こんな事言ったらアレですが、多分私でも肚を括れば行けるお店だとは思うんですよ。ただそれはあくまで金額的な話であって、それ以外の事だと話は別。料理がどうの予算がどうのじゃなくて、この店に入るだけの”格”を客が店に求められているのがビリビリ伝わってくる。それが恐ろしい。
余談ですが、北大路魯山人がフランス行った時に本場の鴨料理を持参した山葵醤油で食べたとかいうエピソードがありまして。その舞台になったお店が確かこの「ラ・トゥールダルジャン」のパリ本店だったような気がします。
文献引っ張る時間も無いんで確認はしませんが、美味いとか美味くないとか以前の話として「郷に入らば郷に従え」の精神をぶん投げた魯山人はすげえパンク野郎だと思う次第です。たぶんシドヴィシャスとも戦える。
格がどうのこうの言ってたら単純にカネで殴って来る奴が来た。
この本は全部で360店舗以上のお店を収録していますが、その中に収録されている高級店の中でも金額の話だとこのお店がダントツです。ジャンル名もただの広東料理じゃなくて頭に「高級」の二文字。高級の冠がつけられているのは収録店舗でこのお店だけ。値段の★が5つなのも単に表示上の話だと思うんですよ。内部的には絶対★6個半くらい行ってる。
この本を読んでた中学生の頃は意味がわからなかったんですが、メニューを見たらかの有名な佛跳牆があるんですね。”美味しんぼ”とか”鉄鍋のジャン”とかの料理漫画でも取り上げられた究極に美味いという触れ込みのスープ。その美味さたるや、禁欲修行に勤しむ坊さんですら匂いにつられて塀を乗り越えすっ飛んでくるとかなんとか。
で、おおー佛跳牆だ佛跳牆だホントに実在してたのかと思う暇もなく目に飛び込んでくる¥50000。しかも1人前。
うん、これは流石に気合でどうこうできる領域じゃない。下手したらスカウターがぶっ壊れる。次いきましょう。
これはですね、単純に文章が美味そう。
このアテの描写は実に魅力的です。私はワインは嗜まないのですが、これ読んでたら是非ともレンコンのすりおろしとか大根とフォアグラのソテーのコンビとかでワインを一杯飲ってみたくなる。非ワイン党の人間にも生唾飲ませるだけの力がある。一店舗につき300字そこらの字数制限下で書かれた文章として、とてもレベルの高い仕事をしていると思います。
ワインと醤油を合わせるというのはずいぶん前から私も耳にしていた技法ですが、その発祥がこの店というのも興味深い話です。今じゃ一般家庭でも使われるような技法が先進的なアイデアとされているところに時代を感じますね。
それにしても、ワインって高えんだなあとつくづく思います(小学生並みの感想)。コース一万円はまあともかくとしても、これで値段★3つってのが怖い。己が酒道楽でなくて良かったとヘンなところで安心しています。
完全に個人の嗜好で恐縮ですが、近場にあったら絶対に使いたい店№1。
まず外装・内装ともに隠れ家的な佇まいの時点で良い。メニューもアラカルトはあるにせよ基本はお任せなのが最高。素人の自分の浅知恵を使う必要がない、プロの板さんが適切に見繕ってくれるというのは本当にありがたい。コース内容の列挙の描写から言っても、値段相応の良いものを出してくれる事がよく伝わってくる。
落ち着いた雰囲気で、誰にも邪魔されず、色々な美味いものを粛々と楽しむ。そういうお店が理想の身としてはこのお店のレビューは心底たまらんです。こういうお店なら年に一、二回は奮発してでも通いたい。でもやっぱワインはたk(略
これについてはお店がどうのというより文章ですね、文章。たぶん全店舗のレビューの中でも一、二を争う名文。
「芳町小町を彷彿させるおかみが霜の付いた五勺のグラスで一杯ごとすすめる」何で300字制限のレビューなのに小説のワンシーン書いてんの。
「主の綾なす一品へつかず離れず絶妙な歌仙の座に遊ぶ心地」何でおもむろに短歌詠みはじめてんの。というか「歌仙の座に遊ぶ心地」ってどこからその言い回し出てきたの。意味はそこはかとなくわかるけど、それ以上にカッコいい。
敢えてはっきり言うとクドい味わいではある。でも、クドいけどカッコいい。「オラッ俺様の美文に酔いしれやがれ」というライターさんのナルシシズムと文章の技量がビンビンに伝わってくる。テニプリで言うと跡部。
好みはかなり分かれると思うけど、自分は滅茶滅茶好きですこういう文章。
実を言うと、この本を初めて読んだのは中学生の頃でして。
発刊されて随分経った型落ちの東京グルメ本がどういう経緯を踏んだのか田舎の図書館に転がってきて、それを田舎の少年だった自分が手に取ったという塩梅です。で、初読時に一番心惹かれたのがこの”きよ田”の紹介文だったんですよ。
ガラスのネタケースを挟んだ寿司屋のカウンターは当時の自分でもギリギリ想像できましたが、この文で描写されている白木のカウンターだけというのは想像すらできなかった。店構えも超ひっそりしてるわ亭主は気難しそうだわ値段は高いわ、だけど出てくる寿司は間違いなく一流である事が伝わってくる描写。
そういう店こそ大人のための店と呼べるのではないか。また、そういう店を扱えるようになってこそ、真の大人と呼べるのではないかと。
そういう中学生の頃に抱いた思いが高じて、大人になってからはちょくちょく一人で、ちょっとだけ良い店を食べ歩くようになりました。そういう自分の嗜好のルーツは、もしかしたらこの”きよ田”のレビューにあったのかも知れないと今更ながら思う次第です。
まあ、こんなレベルの寿司屋は未だに経験できていないんですけどね。カネもそうだけど貫禄が足りねえ。
さて、人様の褌で相撲を取り続けるのも悪いので、今日はこれくらいで切り上げたいと思います。
如何せん30年近くも前のグルメ本。値段やメニュー、そもそもお店の存続含め情報の古いところばかりかと思います。それでも、あるいはだからこそ読み物としての面白さに満ち溢れた本ですので今回取り上げさせてもらいました。腹ペコの勢いに任せて書き散らしましたが楽しんで貰えれば幸いです。